旧理科準備室
(どこだ、どこにいる……っ。あんな酷い言葉を投げつけておいて、今更なんて言えばいいか分からない。
でも……今の精神状態の桜に、あいつが付け込もうとするのだけは絶対に許すわけにはいかない……!)
特別棟の3階、一番奥にある、普段は誰も使わない『旧理科準備室』。
その前を通りかかった時、半開きのスライドドアの隙間から、微かに人の気配がした。
俺は弾かれたように足を止め、祈るような気持ちで、そのドアを勢いよく開け放った。
開け放たれたドアの先。
ブラインドが下ろされ、薄暗い埃の匂いが立ち込めるその部屋の中央で。
関谷の腕の中にすっぽりと閉じ込められた桜が、力なく目を閉じたまま――関谷と、唇を重ね合わせていた。
「桜……ッ!!」
俺の声に、薄暗い旧理科準備室の空気が張り詰めた。
重なり合っていた二人の影が、弾かれたように離れる。
「……っ」
関谷の腕の中から抜け出した桜が、大きく目を見開いて俺を見た。
だが、その瞳に宿った光はあまりにも脆く、次の瞬間には罪悪感と絶望に押しつぶされるように、床へと視線を落としてしまった。
そのままピクリとも動かず、ただ小さく肩を震わせている。
「お前……何してんだよ……」
絞り出した俺の声に、関谷が応じた。
焦る様子など微塵もない。
むしろ、すべてを自分の手のひらの上で転がしているような、歪んだ笑みをその唇に浮かべている。
関谷は、俯いたままの桜の肩をこれ見よがしに引き寄せると、自分の体へと密着させた。
桜は抵抗しなかった。
人形のように、ただ関谷のなすがままになっている。
桜の肩を抱いたまま、関谷は俺の方へと歩き出し、動けないでいる俺の横をすれ違う瞬間、わざとらしく声を落として言った。
「ああ、達也。……実は、俺たち付き合うことになったからさ。
恋人なんだから、キスするくらい当然だろ?」
「……っ、関谷……!」
拳を握りしめ、睨みつけることしかできなかった。
本当なのか、と桜に問いかける勇気すら出なかった。
目に大粒の涙を浮かべながら、関谷に肩を抱かれ、力なく歩いていく桜。
彼女は最後まで、俺の方を一度も振り返ることはなかった。
パタン、とドアが閉まる。
静寂が戻った準備室で、俺はただ一人、呆然と立ち尽くしていた。
指先一つ動かすことができない。
(これで……本当に良かったのか……?)
郁美を救うため、呪いを解くため。
そのために覚悟を決めて、学校生活だけでなく舞台の上でも桜の心を徹底的に踏みにじった。
その結果が、これだ。
関谷に、弱みにつけ込まれただけだ――そう思いたかった。
だが、もしかしたら桜は、自分から関谷に心を許してしまったのかもしれない。
あんなに酷い言葉を浴びせた俺のことなど、忘れられて当然だと――そう思えてならない自分がいた。




