最悪のサプライズ
俺は、強く奥歯を噛み締め、腹の底から冷酷な声を張り上げた。
「……触るな」
俺は、すがりつく桜の手を無慈悲に振り払った。
「君のその惨めな声を聞くたびに、虫唾が走る」
「……え……?」
「いつまで昔のことを引きずってるんだ。
ガキの頃の……あんなお遊びみたいな約束、俺がまだ信じてるとでも思ったのか?」
桜の肩が、ビクンと大きく跳ねた。
幼い頃に二人で交わした、「大人になったら結婚する」という無邪気な約束。
昨日、俺の部屋で郁美が渡してきた俺用の台本――そこには元々のセリフがボールペンで乱暴に二重線で消され、余白にこの言葉が書き足されていた。
『脚本の子と相談して、よりリアルになるようにここはこう変えることにしたの!』
と、郁美は嬉しそうに笑っていた。
おそらく郁美は、過去に桜と会話した際にその約束のことを聞き出していたか、二人の間にそういった特別な絆があることを鋭く察知して、わざとこのセリフを仕込んだのだろう。
だが、驚愕に大きく見開かれた桜の瞳を見て、俺ははっきりと理解した。
この台本の改訂は、桜には一切伝えられていない。
つまり、台本にはないはずの言葉を突然突きつけられた桜にとって、これはロミオのセリフなどではない。
達也という一人の男が、アドリブで勝手に劇をぶち壊してまで口にした『本心からの拒絶』という、最悪のサプライズに他ならなかった。
「俺たちはもう子供じゃないんだ。
……そんな過去の戯言なんて、とっくに忘れたよ」
「あ……う、そ……なんで……っ」
俺自身もずっと胸の奥に大切にしまっていたその記憶を、俺は郁美の仕掛けた悪辣な罠の通りに、自らの言葉で粉々に打ち砕いた。
「俺が愛しているのは、ジュリエットだけだ。
……お前がその後どうなろうと、俺には知ったこっちゃない。
俺たちの仲を邪魔しないでくれ」
桜の中に残っていた『達也との過去の約束』という無垢な約束を完全にへし折る、宣告だった。
ピシッ、と。
桜の目から、光が完全に消え失せた。
「あ……ぁ……」
声にならない掠れた悲鳴を漏らし、桜は操り糸を切られた人形のように、力なくその場に崩れ落ちた。
幼馴染からの完全な拒絶。
桜の心が、完全に地に落ちた瞬間だった。
――静寂。
体育館は水を打ったように静まり返り、次の瞬間、観客席のあちこちからすすり泣くような声や、圧倒されたようなため息が漏れ始めた。
客席にいる誰一人として、桜の心が今、目の前で本当の意味で崩れたことなど知らない。
彼らの目には、俺と桜のこの狂気に満ちたやり取りが、ただの『真に迫る素晴らしい悲劇の演技』にしか映っていないのだ。




