「もし」
何とも言えない気持ちのまま、
俺は朝ごはんのパンを手に取り、
トースターに滑り込ませた。
カチリと無機質な音がして、
レバーが落ちる。
その小さな動作だけが、
やけに現実的だった。
――父と母は、もういない。
獄門の中で、二人は死んだ。
特に父に関しては、はっきりしている。
俺が、見捨てて逃げたのだから。
あの場ではああするしかなかった。
理屈では、何度もそう言い聞かせてきた。
それでも――
胸の奥に沈んだままの罪悪感は、
少しも薄れてくれない。
息をするたび、
鈍い痛みとなって、じわりと広がる。
もし、あの時。
もし、他にいい案が思い付いていれば、
何か武器があれば、
そんな「もし」が、
頭の中で何度も形を変えては、
消えずに残り続ける。
だが、どれだけ悔やんでも、
時間は戻らない。
やり直しはできない。
トースターの中で、
パンがじわじわと熱を帯びていく。
俺はその音を聞きながら、
ただ立ち尽くしていた。
獄門での出来事が、
ただの悪夢だったなら――
そう思わずにはいられなかった。
しばらくしたら、
何事もなかったみたいに玄関の扉が開いて。
母が少し困ったように笑いながら、
「急にいなくなってごめんね!」なんて言って。
その横で父が、
いつもの調子で頭をかきながら、
「いやあ、急に旅行に行きたくなってな!
ハハハ!」なんて誤魔化して。
俺は俺で、
呆れたようにため息をつきながら、
「……いや、さすがに連絡くらいしろよ」
なんて、半分本気で怒って。
――そんな、あり得ない光景。




