寂しい背中
三日目の夕方、
ひと通りの用事が終わった頃、
祖母は一息つくようにお茶を置いた。
「これで、当面は大丈夫ね」
その言葉を聞いて、
ようやく“日常”というものが、
形だけでも戻ってきた気がした。
夜、布団に入る前、
俺はカレンダーを見た。
明日は学校がある。
逃げ続けるわけにもいかないし、
いつまでも立ち止まってはいられない。
「……明日から、ちゃんと行くよ」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
不安も、怖さも、消えたわけじゃない。
それでも――
少なくとも、
前を向くための心の準備はできた。
明日から、また“普通”の一日が始まる。
そう自分に言い聞かせながら、
俺は目を閉じた。
翌朝、
俺が黙々と学校の支度をしていると、
リビングから微かな気配を感じた。
ふと目を向けると、
祖母が棚の前に立ち、
ひとつの写真立てを手に取っていた。
そこに写っているのは、
父と母、そして幼い俺。
三人で並んで笑っている、
ごくありふれた――
けれど、もう戻らない時間だった。
「本当に……どこへ行っちゃったのかしら……」
ぽつりと零れた祖母の声は、
いつもの張りのあるものではなく、
驚くほど弱々しかった。
祖母は母方の祖母で、
昔から厳しい人だと、
母に何度も聞かされてきた。
感情を表に出さず、
正しさを優先する人。
俺の中では、
そういう存在だった。
だからこそ、
その背中がひどく小さく見えた。
写真を見つめる横顔には、
怒りでも戸惑いでもなく、
ただ深い喪失の色が滲んでいる。
――こんな表情、初めて見る。
声をかけるべきか迷ったが、
結局、俺は何も言えなかった。
写真立てと祖母の間に流れる沈黙が、
あまりにも重かったからだ。




