第十一話
道生がスポーツ・クラブから帰ると、郵便受けにエアメールが届いていた。国際郵便だ。差出人を見ると、サクラメント市、サトシ・ナカモトと記されていた。Mに違いない。歩美にメールした後に投函したのだろうか。迷惑メールから一ヶ月近く経っていた。あれからパソコンは一度も起動していなかった。
便箋に、一行「Send your mother's will」と書かれていた。
そしてメール・アドレスが書き添えてあった。willってなんだ? ああ、遺書のことか。
母の遺書は、データ化していなかったので、読まれずに済んだのだ。たぶん、他の文章から遺書があると、わかったのだろう。
遺書は、家族に向けて書かれた大切なものだ。血のつながりの無いMに見せる筋合いは無い。もし見せたとしても、また次の要求をしてくるに違いないのだ。
Mは、姉である歩美を大事に思っているのだろうか。違うだろう。たとえ姉弟として育ったとしても、所詮、血のつながりの無い他人なのだ。いじめで相手を自殺にまで追い込む男だ。歩美がウツで苦しんでいる時、なんの手助けもしなかった人間だ。歩美にメールしたのも、いつでも密告できるとの、俺への警告なのだろう。きっと、秘密をバラす最高のタイミングを待っているのだ。もうMに従うのは止そう。
歩美に出自を話すしかない。どうせMがバラしてしまうのだ。Mより早く話さなくては、遅れては駄目だ。歩美との距離は、急速に縮まっている。本当のことを話しても受け入れてくれるのではないか。
歩美は、口には出さないが、日本人離れした弟の容姿から、弟の出生を疑っているのではないか。そしてそれは、歩美自身の出生までゆらいでしまう事になるだろう。もしも、そんな疑惑を持っているとしたら、それほど突飛な話じゃ無いはずだ。
そうだ、遺影を見せよう、歩美に似ている母の姿を見れば、信じてくれるだろう。俺だって初めて歩美を見た時、写真でしか知らない母が実体化したようで、驚いたのだ。
そして、母の遺書を読んでもらおう。なぜ、一人が里子に出されたのか、どうして道生では無く歩美だったのか、わかってくれるはずだ。決して歩美を捨てたのでは無い事も、どれだけ愛していたのかも、わかってくれるはずだ。
道生は時計を見た。午後四時。これから話しに行こう。
今日は、歩美と会う日ではなかったが、もう家に帰っているだろう。
道生は、メールした。
―― いい詩ができたので、これから家に行ってもいいかな。
―― 期待して待ってます。
道生はリュックに遺書と遺影を入れて家を出た。歩美のアパートに着くまで、どう話を切り出すか考えたが、ちっとも、まとまらなかった。とにかく、だましていた事を詫びよう。そして本当の誕生日を伝えよう。
歩美の部屋は、建ててまだ二、三年の新しいアパートの二階にあった。外階段を上り、三つ目のドアだった。道生は玄関の前で、気を落ち着かせようと深呼吸してから、チャイムを押した。その時だ。深呼吸とともに、煙の臭いがした。道生は周りを見渡した。
歩美のアパートの直ぐ隣に木造の古い二階建てアパートがあった。今いる二階の外廊下から、そのアパートの裏は丸見えだった。その一軒の風呂の窓から白い煙が上がっていた。湯気ではない。換気のため、いつも少し開けているのだろう、そこから煙がモクモク出ている。
歩美が玄関から顔を出した。道生は、歩美に煙を指差して、火事みたいだ、ちょっと見てくると言って廊下を駆け出した。




