第十話
いつものカラオケ店で、二人はそこをスタジオと呼んでいたのだが、部屋に入ると道生はノートを開いて歩美に見せた。一編の詩が書かれていた。
二人は曲作りを始めていた。道生が詩を書き、歩美が曲を付ける。
自作の曲を演奏して唄う、すべてのバンドが目指す目標だ。しかし、二人に傑作はまだ生まれていなかった。
「ファイア・マン」
君が苦しい時や熱い時、私を呼んでください。
あなたの為なら、夜中でも駆けつけます。
あなたの為なら、信号無視して走ります。
あなたの為なら、火の中でも飛び込みます。
私は何も惜しまない、最後の一滴までしぼり出す。
たとえ、すべてが濡れようと、あなたが生きるなら。
たとえ、私が消えようと、あなたが生きるなら。
「どうだ?」道生は、読み終わったらしい歩美に評価を聞いた。
「これって、ジョーク?」
歩美が明け透けに言った。
「ジョークなわけ無いだろ。消防士の気持ちを恋人に語るように書いたんだから」
道生はムッとした。最近、遠慮が無くなったな、コイツ。
「苦しい時や熱い時って、救急ですか火事ですかっていう通報の事だよね?」
バカにした様な顔で歩美が言った。
「すべては、そこから始まるんだ。オレ達の仕事は」
道生は胸を張った。
「最後の一滴までしぼり出すって、いやらしくない?」
「いやらしい訳ないだろ。タンクの水を使い切るまでガンバルって事だよ」
「わかった、わかった。預からして、少し書きかえるから」
歩美はノートを閉じた。
「少しだぞ。この前みたく、全部書き直すなよ、作詞はオレの担当なんだから」
「わかってるわよ。メロディーに乗せてたら、そうなっただけだから、悪気はないのよ」
歩美は、この話題はもう終わりと言いたげに、カフェオレに手を伸ばした。道生も仕方なくコーヒーをすすった。
「そうそう、弟からメールが来たわ。この間、話してたばっかりだから、ビックリしたわ」
歩美は、世間話のように普通に話した。
「そうなんだ。以心伝心かな。何だって?」
迷惑メールを送りつけて来てから、一週間経っていた。
「お元気ですか、オレも元気にやっています、みたいな普通のメール。二十歳の誕生日以来かな。その時は、成人おめでとう、て書いてあっただけ、返信しても、再返信は無いわ。ちゃんと届いてるのかしら」
歩美は、言い忘れたのか、こう言い足した。
「サクラメントに住んでるって、書いてあったわ。素敵な名前の町ね。桜が満開に咲いてるイメージよね」
歩美は遠くを見るように目を細めた。いつも通る桜並木を思い浮かべているのか、それともサクラメント市にあるかも知れない、並木道を想像しているのか、道生には、もちろん分からないが、きっとその道は、五十メートルで計画が頓挫している現実の道より、長く長く続いているのだろう。
もとより、サクラメントと桜に関係はなく、キリスト教の秘蹟のことだ。幼いころ唄っていた讃美歌に出てきたから、いまでもよく憶えている。
それから、ずっと試行錯誤を続けているオリジナル曲を演奏し、唄った。
ラップぽかったメロディーもだいぶ熟れて、仕上がって来ていた。
二人で作った最初の曲だった。
歩美は、道生の歌声に伴奏をつけ、楽しそうにハモっていた。
「暖かい手」
分厚い雲の上にある 陽の光を求めて
隣の顔さえ知らずに
空ばかり見てるオレ達
灰色の空に向かって 手を伸ばすよりも
腕を横に広げて
隣のヤツに知らせよう
オレの手だって暖かい
夏の陽ざしほどじゃ ないけど
オマエの手だって暖かい
こころ いやす程に
二人で練習していると、あっという間に時間が超過してしまう。バンドのみんなに、この曲を聞いてもらおうと、ふたりで話し合った。
道生は、歩美を家まで送った帰り、スマホで興信所にメールした。
―― 先日、調査依頼をした件ですが、重要な追加情報を得ましたので、お伝えします。カリフォルニア州サクラメント市在住のようです。
出来るだけ早い調査結果をお願い致します。




