2 ハワード伯爵家への出立
一か月後、クラリスはハワード伯爵家に嫁ぐこととなった。
当然ながら、ハワード伯爵家からは、迎えに行くとの申し出があった。
しかし、金にがめつい継母ベリンナは、それを断り、事前準備の金を要求した。
そして、その八割を懐に収め、残りの二割で、安い馬車と安い服飾品を与えて、クラリスを放り出したのである。
「二度と帰ってくるんじゃないよ」
鞄一つで放り出されたクラリスに、初対面の老いた御者ヨハンは、しばし言葉を失っていた。
「お嬢さん。本当に、ハワード伯爵家に行くのかい?」
頷くクラリスに、御者は旅費があるのかを尋ねてくる。
多少の貴族の服飾品しかないというクラリスに、頭を抱えたヨハンは、服や装飾品を売り払うことを勧めてきた。
クラリスは、それに素直に従い、与えられたばかりの服飾品を売り払って、粗末な衣類と旅費に変え、ハワード伯爵家に向かって出発する。
馬車の窓から外を見ながら、ふと、クラリスは不思議に思う。
(私はなぜ、ハワード伯爵家に向かっているのだろう)
継母に言われたからだ。
そのために、家を追い出された。
それはそうなのだが。
……ハワード伯爵家に行っても、未来がないことは、わかっているのに。
不思議なことだと思いつつ、クラリスは着実に、ハワード伯爵家への距離を狭めていく。
そして、ハワード伯爵家に向かって旅をすること半月が経った。
ぼろぼろの馬車に揺られながらの旅は、恐ろしいものであった。
いつ馬車が故障するかわからないし、護衛もなく、野盗に襲われたら逃げられる可能性は皆無である。
「お嬢さんも、こんな馬車で長旅なんて、本当によかったのかい」
「……お金がないので」
「そうだった、そうだった。世知辛いねえ」
御者ヨハンに同情されて、クラリスはぺこりと頭を下げる。
「でも、ハワード伯爵家に着いたら、お嬢さんはきっといい待遇を受けられるんだろう?」
「え?」
「侍女になるんじゃないのかい。伯爵家の侍女と言ったら、そこそこに待遇がいいもんだろうて」
そうか、侍女。
侍女でも、これより待遇がいいのか。
子爵家の嫡子よりも、ずっと……。
「ああ、気が利かなくてすまないね。私が言ったことは忘れておくれ」
ヨハンの言葉に、クラリスは目を瞬く。
自分はそんなに、ひどい顔をしていたのだろうか。
こうして、クラリスはハワード伯爵家にたどりついた。
「ありがとうございました」
「いえいえ、私は前金をいただいているからね」
「この旅の時間が、ここ数年で一番楽しかったです」
家事もしなくていい。
継母達にぶたれることもない。
一日二食のパンとチーズを、欠かさず食べることができる。
なにより、ヨハンが話し相手になってくれた。
そう言って、頭を深々と下げるクラリスに、ヨハンは目に涙をうかべ、次いでそれを慌てて拭う。
「大丈夫だよ、クラリスお嬢さん。ハワード伯爵家に着いたんだから」
そう言われ、御者はぼろぼろの馬車を進めて、ハワード伯爵家に入っていく。
そしてたどり着いた先で言われた言葉は、こうだった。
「そんな……お前が、クラッセン子爵令嬢……だと?」
当然の反応だと、クラリスは思った。








