闇の黒幕、ただの太っ腹なパトロンになる
「暴力による悪評作戦」が、なぜか「不良の更生と隣国との戦争回避」という歴史的偉業にすり替わってから数日
僕、ルーク・フォン・アルカディアは、完全に追い詰められていた。
「おい、見たか? 今朝の王都新聞」
「ああ……『若き聖王ルーク様、隠された数々の奇跡』っていう特集記事だろ? 特集3ページ目にはルーク様の麗しいお顔のイラストまで載ってたぞ」
「すでにファンクラブが結成されたらしい。僕も放課後に入会手続きに行くんだ」
(勝手にファンクラブを作るな!! あと新聞社! 肖像権の侵害で訴えるぞちくしょう!!)
学園内での僕の聖人化(神格化)は、もはや個人の力で止められるレベルを超えていた。
このままでは、卒業と同時に「国家最高聖騎士団長」だの「終身名誉宰相」だのの超激務ポストに就任させられ、来るべき魔王軍との全面戦争で真っ先に前線に駆り出されてしまう。
死ぬ。そんなの100%過労か戦死で死ぬ。
僕はただ、適度に嫌われて、適度に実家を追い出されて、未開の地でのんびり畑でも耕しながら余生を過ごしたいだけなのだ。
「学園がダメなら、次は本物の『裏社会』だ……」
僕は放課後、学生服の上から黒いマントを羽織り、王都のスラム街の奥深くへと足を踏み入れていた。
今回の作戦はシンプルかつ合理的。
【王都の闇ギルドを金で買収し、自らが犯罪組織の『悪の黒幕』になる】ことだ。
ゲームの知識によれば、このスラムの廃倉庫には、王都の情報を裏で握る闇ギルド『レザレクション』の拠点がある。
彼らを僕の圧倒的な財力(※領民から着服したと見せかけてプールしていた、使い道のない大金)で買収し、僕の命令で合法・非合法問わず悪事を働かせる。
そうして「ルークは裏社会を牛耳るマフィアのボスだった」という動かぬ証拠を掴ませて、国家反逆罪で華麗に国外追放してもらうのだ。
我ながら完璧なプロット。今度こそ言い逃れはできない。
「ここか……」
ひときわ薄暗い、埃っぽい廃倉庫の扉を押し開ける。中には、ピリピリとした緊張感が漂っていた。暗がりの奥から、殺気を含んだ視線が僕に突き刺さる。
「……何者だ、ここはガキの迷い込む場所じゃないよ」
低く、だが鈴の鳴るような美しい声が響いた。月明かりが差し込む中央の机に腰掛けていたのは、黒い革鎧を身にまとった一人の美少女だった。年齢は僕と同じくらい。闇色の短い髪に、警戒心も露わな琥珀色の瞳。
彼女こそが、闇ギルド『レザレクション』の若きボス、シンシアだ。
彼女の周囲には、同じく十代半ばほどの、薄汚れた服を着た少女たちが十数人、怯えたように身を寄せ合っていた。
(お、計画通りシンシアを発見。よし、悪役らしく傲慢に交渉開始だ!)
「ふん……。僕が誰かはどうでもいい。単刀直入に言おう。このギルドを、僕が買い取る」
僕はマントを翻し、持参した超特大の革袋をドサリと机の上に叩きつけた。
口の紐が解け、中から眩いばかりの純金貨が溢れ出る。国家予算の数パーセントにも及ぶ、常軌を逸した大金だ。
「なっ……!? これは……白金貨に、純金貨……!?」
シンシアが琥珀色の目を限界まで見開いた。周囲の少女たちからも、息を呑む音が聞こえる。
「これをやる。その代わり、今日からお前たちは僕の手先(奴隷)だ。僕の命令には絶対服従。裏社会の黒幕として、僕の手を汚すような陰湿で、最低最悪の仕事を一から十までこなしてもらう。断る権利は無いよ?」
僕は鏡の前で練習した「冷酷な悪徳パトロン」のゲス顔を浮かべ、わざと冷たく言い放った。これで彼女たちは、僕を「金に物を言わせる最低の権力者」として激しく軽蔑し、憎むはずだ。
しかし
なぜか、シンシアは金貨の袋を見つめたまま、ガタガタと体を震わせ始めた。
その目から、ポロポロと大きな涙が溢れ出し、机にシミを作っていく。
「あ……ああ……。間に合った……。これで、みんなが……助かる……っ」
「へ?」
シンシアは突然、机から飛び降りると、僕の前に両膝をついて床に額を擦り付けた。
「ありがとうございます……! ありがとうございます、名も知らぬ貴族様……!! この御恩は、一生忘れません……!」
「ちょっと待って? 僕は今、お前たちを金で買って奴隷にすると――」
「分かっています! 私たちのプライドを傷つけないために、あえて『仕事の報酬』という形で、こんな大金を投げ打ってくださったのですね……!」
「いや、完全に奴隷契約のつもりなんだけど」
シンシアは顔を上げ、涙で濡れた瞳で僕を熱く見つめてきた。
「聞いてください、ご主人様。私たち『レザレクション』は、悪徳貴族の詐欺に騙され、法外な偽造借金のカタとして、今夜まさに全員が『合法的な奴隷オークション』に出品される手筈だったのです……。どこにも逃げられず、仲間たちと涙を流していた、その瞬間に……あなたが現れた」
(え、何そのゲスい裏設定。あ……そういえばゲームのサブクエストで、そんなイベントあったような気がする。アレンが解決するやつじゃなかったっけ!?)
シンシアは僕の手を必死に握り締め、熱弁を振るう。
「あなたが提示してくださったこの金額……! 私たちの借金を全額返済し、さらにこのスラムの身寄りのない子供たちが一生遊んで暮らせるほどの額です! あなたは……私たちが今夜、悪徳貴族に売り飛ばされるのを知っていて、合法的に買い取ることで、その悪徳貴族の手から私たちを『保護』してくださったのですね!?」
「違う! 僕はただ、犯罪組織を一つ丸ごと買収して悪事を働かせようと――」
「『最低最悪の仕事』とおっしゃいましたね? それは、私たちに借金を背負わせたあの悪徳貴族どもの不正を暴き、裏から社会のゴミを掃除する……そういう『日陰の仕事』を意味しているのでしょう!? 私たちは元よりスラムの孤児、泥を被るのなど慣れっこです! あなたのようなお優しいお方の手足となれるなら、どんな汚名でも背負ってみせます!」
(ち、ちがううううう!! 僕は本物の犯罪がしたいんだよ! 悪徳貴族の不正を暴いたら、また僕の評価が上がってまうやろがい!!)
「ご主人様……。私たち、あなたになら、どんな風に調教(使役)されても構いません。一生、あなただけの影として、その尊いお命をお守りします」
後ろに控えていた少女たちも、一斉に僕の前に跪き、狂信的な目で僕を見つめてきた。 「ルーク様万歳!」「私たちの救世主様!」と、廃倉庫の中に少女たちの黄色い歓声が響き渡る。
(なんでだよおおおおおお!! 僕の全財産が、ただの超特大の慈善ボランティア資金になっちゃったよチクショー!!)
金を押し付けて悪のボスになる作戦は、信じられないほどのスピードで「可哀想な美少女たちを救った、太っ腹な聖人パトロン」へと変換されてしまった。
◆◇◆◇
数日後の夜
アルカディア公爵家の僕の自室のバルコニーに、黒い影が音もなく降り立った。闇色の髪を揺らしたシンシアだ。
「ルーク様、ご命令通り、私たちを騙した悪徳貴族の脱税と人身売買の証拠、すべて揃えてまいりました。明日の朝、王都の憲兵隊に匿名の告発状として届く手筈です」
「……あ、そう。お疲れ様」
僕はベッドの上で、抜け殻のようになって呟いた。
もう止める気力も起きなかった。どうせ何を言っても「流石はルーク様、悪徳貴族を一切容赦せず、陰から王国の治安を維持されるのですね!」と美化されるに決まっているのだ。
シンシアは僕の気だるげな様子(ただの絶望)を見て、頬を赤らめ、うっとりとした表情で見つめてきた。
「昼は学園の『聖王』、夜は裏社会を統べる『影の支配者』……。どこまでも冷酷で、どこまでも慈悲深いお方。私、ルーク様のそんな二面性に、もう一生溺れてしまいそうです……」
「シンシア、頼むから部屋から出ていってくれないかな」
「はい、おやすみなさいませ、私の大切な主」
シンシアは窓から軽やかに夜の闇へと消えていった。
翌朝、王都は大騒ぎになった。
大物悪徳貴族が芋づる式に逮捕され、その裏で糸を引いていた「謎の正義の組織」の存在が噂される。そして学園では、聖女エレノアがまたしても僕の手を両手で握り締めていた。
「ルーク様……。街で噂の『影の救世主』、あれはあなたの手引きですね? スラムの少女たちを救い、悪徳貴族を裁くなんて……。ああ、あなたの優しさは、もう夜の闇すら照らすのですね……っ!」
「お兄様! 流石です! 僕も兄上に負けないよう、今日も特訓に励みます!」
エレノアの瞳は完全に恋する乙女のそれであり、アレンの目は絶対的な兄へのリスペクトで輝いていた。
(もう嫌だ……。何をしても善人バレする……。こうなったら、次は絶対に言い訳ができない『国家レベルの禁忌』に手を染めてやるからな……!!)
国外追放されてスローライフを送りたい悪役令息ルークの、世界を救い続ける勘違い?
コメディは、いよいよ国家を巻き込んで加速していく――。
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第4話予告:『破壊魔法、ただの超精密なフォーム矯正セミナーになる』。
ルーク、絶望する




