学園の狂犬、光の速さで忠犬になる
あの忌まわしき「婚約破棄and国外追放修羅場」から一週間。
僕、ルーク・フォン・アルカディアの置かれた環境は、劇的に、それこそ天と地がひっくり返るほどの激変を遂げていた。
「おはようございます、ルーク様! 今日も世界のために、その尊いお命をお労りください!」
「ルーク様、昨夜も遅くまで国境の結界維持のために魔力を捧げていたとか……! ああ、なんという慈愛の深さでしょう!」
学園の廊下を歩くだけで、すれ違う生徒たちが一斉に足を止め、胸に手を当てて深く頭を下げてくる。その目は一様に、神を見るかのような狂信的な光を帯びていた。
(違う……違うんだみんな……! 昨夜遅くまで起きていたのは、ただベッドの中で前世の記憶にある漫画を思い出しながら徹夜で落書きしてただけなんだ……! 魔力の消耗じゃなくて、ただの寝不足で目が充血してるだけなんだ……!)
叫び出したい衝動を必死に抑え、僕はいつもの『冷酷な悪役令息』としてのポーカーフェイスを維持する。
だが、僕が鋭い視線を向けると、生徒たちは
「ああ、ルーク様が僕たちの怠惰を戒めるために、あえて厳しい視線を向けてくださった……!」と勝手に感動して震え出す始末。
もうダメだ。この学園の連中、脳のフィルターが「ルーク=聖人」で完全固定されてやがる。
僕の目的は、あくまで「悪評を立てて国外追放され、未開の地で静かなスローライフを送る」こと。
このまま「若き天才聖王」なんて祭り上げられたら、一生国家の激務に縛り付けられ、最後には魔王軍との最終決戦の最前線に立たされてしまう。そんなの絶対に御免だ。
「ならば、次の作戦だ……」
僕は誰もいない中庭のベンチで、一人不敵に微笑んだ。
周囲の目が「ルーク=聖人」なら、それを力技でぶち壊すほどの『圧倒的な悪行』を働けばいい。
たとえば――学園一の不良を理不尽にボコボコにして、自分の冷酷さと暴虐さを知らしめるとか。
ターゲットはもう決まっている。
隣国からの留学生であり、入学以来、数々の暴力沙汰を起こして「学園の狂犬」と恐れられている大男、ガロン・レオンハルトだ。
彼は野獣のような体躯を持ち、誰彼構わず喧嘩を売るトラブルメーカー。
今夜、彼を裏路地に呼び出し、僕の圧倒的な魔法(悪役として生き残るために裏で極めすぎたやつ)で完膚なきまでに叩きのめす。
「アルカディア公爵家の長男は、気に入らない奴を裏でリンチする最低の暴力魔だ」という噂を流せば、今度こそ僕の評価は地に落ち、父親も僕を追放せざるを得なくなるはずだ。
よし、完璧な計画だ。今夜決行しよう。
◆◇◆◇
その日の夜
僕は予定通り、学園の裏手にある薄暗い路地裏にガロンを呼び出した。
「おいおい、何の用だと思えば、公爵家のお坊ちゃんがこんな小汚い路地に一人で何の用だ?」
月明かりに照らされ、ガロンがぎらついた目で僕を睨みつける。
身長は2メートル近くあり、はち切れんばかりの筋肉。まさに「狂犬」の名に相応しい威圧感だ。
「ふん……。ガロン、お前のその不遜な態度が気に入らなくてね。少し身の程を教えてあげようと思ってさ」
僕はポケットから手を抜き、わざと傲慢に顎を引いて見せた。
悪役映画で見た「調子に乗った権力者のドラ息子」の演技だ。これならガロンも激怒して襲いかかってくるだろう。それを返り討ちにして、徹底的に痛めつけてやる。
「ハッ! 面白い。お高くとまった貴族サマが、俺に喧嘩を売るってか? 悪く思うなよ、手加減なんてしてやらねえからな!」
ガロンが吠え、大地を蹴った。
その速度は肉体に反して凄まじく、一瞬で僕の間合いに踏み込んでくる。赤いオーラ――闘気を纏った拳が、僕の顔面に迫る。
(速い。だけど――僕の仕込みに比べれば止まって見えるな)
僕は冷静に、あらかじめ裏で血反吐を吐きながら習得した「重力魔法」と「身体強化魔法」を無詠唱で発動。ガロンの拳を紙一重でかわし、その懐へと潜り込んだ。
「何っ!?」
「しまりがないぞ、狂犬」
僕は悪役らしく冷酷に言い放ち、彼の腹部に向けて、容赦のないアッパーカットを叩き込んだ。
ドゴォォォン!! と、人間の肉体から鳴っていいとは思えない重低音が路地裏に響き渡る。
「が、はっ……!?」
ガロンの巨体がくの字に折れ曲がり、そのまま地面に激しく転がった。
よし、入った。手加減はしたつもりだが、魔力をかなり込めたから相当痛いはずだ。これで彼は僕を恐怖し、同時に激しい憎悪を抱くはず――。
「……あ、あ、あああああッ!!」
地面に倒れたガロンが、突然、頭を抱えて激しく叫び出した。
苦悶の表情を浮かべ、のたうち回っている。
(お、おいおい、ちょっと強く殴りすぎたか!? 肋骨折れた? いや、内臓破裂か!?)
焦る僕を余所に、ガロンの体から、どす黒い霧のような不気味な魔力がブワリと噴き出した。その黒い霧は、僕の放った拳の魔力光に触れると、パキパキと音を立てて霧散していく。
「はぁ、はぁ, はぁ……っ!!」
やがて黒い霧が完全に消え去ると、ガロンの荒い呼吸が次第に落ち着いていった。
彼はゆっくりと上体を起こし、自分の両手を凝視している。その目は、先ほどまでのギラついた狂気のような光が消え、ひどく澄んだ、戸惑ったような色をしていた。
「俺は……俺は一体、何を……?」
「ガロン? 大丈夫か?」
思わず素のトーンで声をかけてしまった。
すると、ガロンはゆっくりと僕を見上げ――その瞬間、彼の目から大粒の涙が溢れ出した。
「ル、ルーク……様……」
様!? 今、様って言った!?
ガロンはボロボロと涙を流しながら、膝をついたまま僕の足元まで這いつくばり、地面に頭を擦り付けた。
「ありがとうございます……! ありがとう、ございます……!! あんたが、俺を救ってくれたんだな……!」
「はい? いや、僕はただ君がムカついたから殴っただけで――」
「隠さねえでくれ! 俺は分かってるんだ!」
ガロンが顔を上げ、魂の叫びをあげる。
「俺は、母国を発つ直前、魔王軍の残党に『狂化の呪魔術』を仕込まれていたんだ……! 学園で暴れていたのも、自分の意志じゃねえ。頭の奥がずっと燃えるように熱くて、衝動を抑えられなかった。だが、誰にも言えなかった……言えば、俺の国と公爵家の関係が悪化し、戦争になるかもしれないからな……っ!」
(え、何そのヘビーな裏設定。原作にそんなのあったっけ!? あ、そういえばゲームでガロンって中盤で魔王軍の中ボスに改造されて退場するキャラだった気が……!)
ガロンは自分の胸を叩きながら、熱弁を続けた。
「あんたは、俺の異変に気づいていたんだろ!? だから、周囲に怪しまれないように、あえて『決闘』の形を取って俺をここに呼び出した! そして、俺の体に傷をつけず、浸透する魔力だけを体内に送り込んで、呪いの核だけを粉砕した……! あんたの一撃のあと、頭の霧が嘘みたいに晴れたんだ!!」
「ち、違う! 本当に違うんだガロン! 僕はただの全力ストレートで、君の精神をへし折ろうと――」
「だったら、どうして俺は無傷なんだよ! あんたほどの魔力だ、本気で殴れば俺の体なんて消し飛んでるはずだ! 俺を傷つけず、呪いだけを解くために、どれほど精密な魔力制御をしてくれたのか……俺には分かる!」
(それは僕がチキンだから手加減しただけだよ!! 本気で殴って殺しちゃったらガチの殺人犯になって、スローライフどころか即死刑になるからだよ!! 自分の保身のために威力をギリギリまで絞っただけなんだよ!!)
「ルーク様……。俺はあんたを、ただの鼻持ちならないエリート貴族だと誤解していた。だが、あんたは自分の評判を落とすリスクを背負ってまで、一留学生に過ぎない俺を、そして俺の母国を戦争の危機から救ってくれた……っ。このガロン、これからの命はすべてあんたに捧げる! あんたの影となり、盾となり、仇なす敵をすべて噛み殺す忠犬になると誓う!!」
「いや、忠犬とかいらないから! 狂犬のままでいてよ! 頼むから僕を最低の暴力男として言い触らしてくれ!!」
「クッ……どこまで高潔な人なんだ。自分の手柄を一切誇らず、悪者を演じ続けようとするなんて……。分かっています、ルーク様。この件は公にはせず、俺の胸の中にだけ仕舞っておきます。表向きは、俺が勝手に改心したことにしますから、ご安心を!」
「しまわなくていい! むしろ大声で言い触らしてぇぇぇぇ!!」
僕の必死の懇願(本音)は、ガロンの熱いリスペクトの眼差しによって、すべて「謙虚すぎる聖人のセリフ」へと変換されてしまった。
◆◇◆◇
翌日
「おい、見たかよ? あの『学園の狂犬』ガロンが、今朝から別人のようになってるぞ」
「ああ、なんかめちゃくちゃ礼儀正しくなって、ゴミ拾いとかしてたぞ……」
「噂じゃ、昨夜ルーク様と裏路地で話しているのを見た奴がいるらしい」
「まさか……ルーク様が、その慈愛に満ちた言葉で、彼の荒んだ心を救い、更生させたというのか……!?」
「ああ、間違いない。さすがは我らが『聖王』ルーク様だ……!」
学園の噂話は、僕の意図とは180度違う方向へと爆速で拡散されていた。
なぜか僕の机の上には、女子生徒たちからの感謝の手紙(「ガロン君を止めてくれてありがとうございます!」等)が山のように積まれている。
(終わった……。暴力による悪評作戦、完全失敗……)
僕が机に突っ伏して絶望していると、教室の扉が勢いよく開いた。
「ルーク様!!」
入ってきたのは、僕の(婚約破棄に失敗した)婚約者、聖女エレノアだった。彼女は一直線に僕の席へと駆け寄ると、両手で僕の手をギュッと握り締めた。
「エレノア……? どうした?」
「ガロンさんの件、聞きました! また……またあなたという人は、そうやって誰にも言わずに、一人で世界を救ってしまうのですね……っ!」
その翡翠色の瞳には、すでに感動の涙が浮かんでいる。
「いや、僕はただ――」
「言わなくても分かります。ガロンさんの母国が魔王軍の陰謀に巻き込まれていたのでしょう? それを察知し、未然に防ぐなんて……。ルーク様、私、確信しました。あなたは、この国を……いえ、この世界を救うために天から遣わされたお方です。私、一生あなたについていきます!」
「お兄様!」
さらに、弟の勇者アレンまで教室に入ってきた。
「ガロンからすべて聞きました! お兄様に命を救われた、と! 流石です、僕の目標はやっぱりお兄様だ! 僕も光の勇者として、お兄様の背中を追い続けます!」
周囲の生徒たちからも、「おお……」「なんと美しい兄弟愛、そして婚約者への愛……」と、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
(ガロンのやつ、公にしないって言ったそばから身内に全部バラしてんじゃねえかぁぁぁぁぁ!!)
視線を窓の外に向けると、校庭で元気にゴミ拾いをしているガロンが、僕の視線に気づいてピシッと完璧な敬礼を送ってきた。その顔は爽やかな笑顔に満ちている。
嘘だろ。僕の国外追放スローライフは?
悪役として嫌われて、静かに余生を過ごすはずだった僕の計画は?
気づけば、周囲の好感度はカンストし、僕の地位は「聖王」として不動のものになりつつあった。
(こうなったら……こうなったら、もっと凶悪な、言い訳のしようがない大罪を犯してやる……! 絶対に善人バレなんかしてまるかぁぁぁ!!)
悪役令息ルークの、平穏を求めた明後日の方向への奮闘は、まだまだ続くのであった。
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第3話予告 『闇の黒幕、ただの太っ腹なパトロンになる』
ルーク頭を抱える。




