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悪役令息の完璧なシナリオ(※ただし、すべて破綻する)

「いいか、ルーク。お前は我がアルカディア公爵家の汚点だ。平民を虐げ、婚約者である聖女エレノア様を愚弄し、挙げ句の果てには魔導学園のテストで不正を働くだろとは……! もはや我が家に、お前のような悪逆非道な者を置いておくわけにはいかない!」


目の前で、立派な髭を蓄えた厳格な男――僕の今世の父親であるアルカディア公爵が、激昂して机を叩いていた。

ドン、と重々しい音が室内に響き渡る。


その隣では、僕の異母弟である『光の勇者』アレンが、いかにも正義の味方といった風に、悔しさと怒りが入り混じった目で僕を見つめている。


さらにその奥には、僕の婚約者であり、この国の至宝と呼ばれる「聖女』エレノアが、悲しげに俯いていた。


完璧だ。

完璧すぎる、チェックメイトの構図。


(よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!! ついに来た! 婚約破棄&国外追放イベントだぁぁぁ!!)


僕、ルーク・フォン・アルカディアは、内心で狂喜乱舞のガッツポーズをキメていた。ポーカーフェイスを維持するあまり、逆に顔が引き攣りそうになるのを必死に抑える。


実は、僕には前世の記憶がある。

ここは、前世で僕が猿のように遊び倒した

乙女向け恋愛RPG『シャイニング・クロニクル』の世界だ。そして僕の立場は、主人公であるアレン(弟)を散々虐めた挙げ句、物語の中盤で必ず非業の死を遂げるテンプレ悪役貴族、ルーク・フォン・アルカディア。


この世界に転生したと気づいたのが10年前。

僕は固く決意した。

「殺される前に、婚約破棄されて国外追放され、未開の地で静かなスローライフを送ろう」と。


死にたくない。だが、この世界の強制力は怖い。だからこそ、完璧に「嫌われ者の悪役」を演じきり、安全に実家から放り出されるのが一番の生存戦略なのだ。


そのために、僕は10年間、血の滲むような努力(演技)をしてきた。

冷酷なキャラクターを演じるために、わざとキツい言葉を使い、周囲から孤立するよう仕向けた。すべては、この「国外追放」という名の自由を手に入れるため!


「ふん……」


僕は鼻で笑ってみせた。

悪役らしく、傲慢で、冷酷で、底意地の悪い笑みを浮かべる。10年間、鏡の前で毎日練習した渾身の『ゲス顔』だ。


「……認めますよ。僕がエレノアを虐げ、学園のテストを汚し、領民を苦しめた。すべて僕のやったことです。さあ、どうぞ僕をこの国から追放してください。二度と皆さんの前には現れませんから」


さあ、早く言ってくれ。

「お前を国外追放処分とする!」という、その最高に甘美なセリフを!

しかし……

なぜか、部屋の空気が奇妙に静まり返った。


「……っ!」


婚約者である聖女エレノアが、ハッと息を呑んで僕を見つめてきた。その美しい翡翠色ひすいの瞳には、なぜか涙がたまっている。……あれ? 嬉し涙にしては、ちょっと表情が深刻すぎない?


「お、お兄様……。あなたは、まだそんな嘘を吐いて、ご自分一人で泥を被ろうとするのですか……!」


弟のアレンが、悔しそうに拳を震わせ、悲痛な声をあげた。


……ん? 嘘? 嘘って何だ? 僕は今、全力で自分の罪を認めたんだけど。


「ルーク……お前というやつは、どこまで業が深いのだ……」


公爵(父親)が、なぜか頭を抱えて椅子に深く背を預けた。その目は怒りではなく、深い、あまりにも深い『感動』と『申し訳なさ』に満ちていた。


え、ちょっと待って。

流れがおかしい。

いつもの「出ていけ、この穀潰しめ!」の怒号はどこにいった?


沈黙を破ったのは、聖女エレノアだった。

彼女は一歩前に出ると、僕の前に膝をつき、僕の手を両手で包み込んだ。聖女の温かく、柔らかい手のひらが、僕の手を包む。


「ルーク様……もう、ご自分を痛めつけるのはおやめください。私は……私はすべてを知ってしまったのです!」


「は? すべて、とは……?」


嫌な予感が、僕の背筋を高速で駆け抜けた。

エレノアは、大粒の涙をボロボロと流しながら、僕の顔を見上げて言った。


「ルーク様が、いつも私に『気安く話しかけるな、鬱陶しい』と冷たく当たっていたのは……魔王軍の暗殺者から私を遠ざけ、その標的をご自身に誘導するためだったのですね!?」


「いやいやいや! 本当にただ公爵令嬢としての気高さが鼻についたというか、シンプルに嫌がらせを――」


「隠さなくても結構です! 私が学園の図書館で見つけたあの『古代結界魔法の魔導書』……あれ、ルーク様が夜な夜な寝る間も惜しんで翻訳し、私が自然に見つけられるように配置してくださったものですよね!? 司書長から聞きました。あの翻訳の筆跡は、間違いなくルーク様のものだと!」


(げ、ゲェェェェェーーーッ!? あの翻訳、僕の筆跡だってバレてたの!?)


違うんだ。それは本当に違うんだエレノア。

ゲームの知識で、将来君が魔王軍に狙われることを僕は知っていた。もし君が死んだら、婚約者の僕に容疑がかけられ、言いがかりをつけられて殺されるかもしれない。それが嫌すぎたんだ。


だから僕は……エレノアが自分で最強のバリア(結界魔法)を覚えて勝手に生き残ってくれれば、僕の安全が保たれる(=エレノアが自分で自分を守れるくらい強くなれ)

という、超絶に利己的で打算的な保身のために、夜な夜な徹夜して翻訳本を仕込んだだけなんだ!決して、君の身を案じる白馬の王子様ムーブをしたわけじゃない!


「ルーク様……。あんな難しい古代文字を、まだ学園生であるあなたが、一文字ずつ丁寧に、読みやすいように解説まで入れて……っ。そこまでして、私に生き残ってほしかったのですね。自分の命を懸けてまで、私を守りたかったのですね……っ!」


「いや、解説を入れたのは君の魔法の成績が悪すぎて、そのまま読んだら絶対に挫折してバリアの習得に失敗すると思ったからで――」


「ああ、なんて深い愛でしょう……! 自分が悪者になって私に嫌われながらも、陰で血を吐くような努力をして私を救おうとしてくださるなんて……!」


僕の必死の言い訳(本音)は、エレノアの涙ながらのウルトラ美化フィルターによって、すべて「愛ゆえの謙遜」へと変換されていく。


(頼むから僕の打算に気づいてくれぇぇぇぇぇ!!)


「それだけではありません!」


今度は弟のアレンが叫んだ。その瞳は完全に僕へのリスペクトでキラキラしている。

やめて、そのピュアな目で僕を見ないで。


「お兄様が、僕の魔導テストの解答用紙を破り捨てて『不正だ』と騒ぎ立てたあの日……! 学園長から真実を聞きました。あの解答用紙には、他国から持ち込まれた、精神を汚染する『禁忌の呪い』が仕込まれていたそうですね。お兄様は、僕がその呪いに侵されるのを防ぐために、あえて悪者を演じて僕から用紙を奪い取ったんだ……!」


「いや、あれは本当に君の点数が良くてムカついたから八つ当たりで――」


「だったら、どうしてお兄様の手には、今もあの時の『呪いの火傷』が残っているのですか!?」


アレンが僕の右手の生々しい傷跡を指差す。


(それは一昨日、部屋でこっそりピザ焼いたときにオーブンの鉄板に触っちゃっただけの火傷だよ!! 呪い関係ないよ!!)


「お兄様は……僕が傷つかないように、自分が『不正を働いた最低の兄』として蔑まれる道を選んだ。僕を、光の勇者としての光明の道へ進ませるために、ご自身は影に徹した……っ。そんなことも知らずに、僕はあなたを恨んでいた……! 僕は、なんて愚かな弟なんだ……!」


アレンが床にボタボタと涙をこぼす。

違う、違うんだ。その火傷はただのピザの代償だし、解答用紙を破ったのは、本当にアレンが満点を阻止すると僕の「無能悪役」としての立場が際立って実家を追い出されやすくなるから、嫌がらせしただけなんだ。


「ルーク……」


重々しい声で、父親である公爵が立ち上がった。その顔は涙で濡れていた。


「領民から重税を課しているという悪評も、すべては隣国からの経済制裁の目を欺くための偽装だったのだろう? 徴収された金は、お前自身の個人口座から、すべて『領民医療無償化計画』の基金としてそっくりそのまま還元されていた。お前が私腹を肥やすために買ったと噂されていたあの贅沢な屋敷も……すべては孤児たちのための孤児院として改装されていた。お前は……自分ひとりが泥を被ることで、この公爵家の、いや、この国の未来を救おうとしていたのだな……!」


「……は?」


頭が真っ白になった。

いや……確かに、領民から金を巻き上げる悪役ムーブはした。でも、いざ大金を手に入れたら「前世の一般小市民の倫理観」が邪魔をして、どうしても自分のために使えなかったんだ。


だから……どうせ国外追放されるなら、この金は使わずにプールしておこう。あ、でもただ眠らせておくのも勿体無いから、とりあえず困ってる領民の医療費に回るように自動送金設定にしておこう。あと、買った屋敷も放置すると固定資産税が勿体無いから、身寄りのない子供たちにでも貸し出しておこう


と、非常に小市民的な保身と勿体無い精神でやっただけだ。それがなぜ、国家規模の聖人計画にすり替わっているんだ。


「ルーク、お前を追放するなどとんでもない。むしろ、お前のその隠された功績を称え、国王陛下より『聖王』の称号を賜るよう、私から直々に上奏しておいた。アルカディア公爵家の次期当主は、お前以外には考えられん」


「せ、聖王……? 次期当主……!?」


悪役令息が、聖王。そして次期公爵。

意味がわからない。僕の国外追放スローライフ計画はどこへ行った?


「ルーク様……。私、あんなに冷たくされて、一時はあなたを誤解しそうになりました。でも、すべては私の身を案じてのことだったのですね。そんなことも知らずに、私は……私は!」


エレノアが僕の胸に顔を埋めて、おいおいと泣き崩れる。

極上のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐるが、僕の脳内は絶望で満たされていた。


(バカな……。僕の『完璧な悪役ムーブ』が、どうして全部『ガチの自己犠牲』として暴かれてるんだよ!? 頼むから僕をクズだと言ってくれ! 誰か僕を追放してくれぇぇぇぇぇ!!)


「父上、僕も異議はありません。お兄様こそが、この国を引っ張るべき真の英雄です!」


「ルーク様、もう一人で苦しまないでください。これからは、私があなたの光になります」


アレンの曇りなき眼差しと、エレノアの絶対的な愛に満ちた微笑み。


その光景は最高にハッピーエンドのそれだったが、僕にとっては「スローライフの完全な終わり」を告げる、最悪の確定演出だった。


(どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁ!!)


絶対に善人だとバレたくない、ただ安全に追放されたかっただけの悪役令息ルークの、過去の善行が次々と暴かれていく勘違い(?)学園・宮廷生活が、今ここに幕を開ける。


────

次回:

『学園の狂犬、光の速さで忠犬になる』


ルーク、またしても頭を抱える。


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