尽きた手がかり 3
「こういう世界ではつきものだから、そんな話は多いよな。だが、別にみんながみんな、愛人を持って援助してもらってるわけじゃない。特に男はね」
「確かに……愛人を求める女性の数って、愛人を求める男性よりずっと少ないだろうからね」
「そういうことさ。チビでもちゃんと分かってるんだな」
「まあ、情報屋の仕事をしてるからね」
当たり前だが、自らの性を商品として売る商売において、圧倒的に多いのは女性だ。買い手がほぼ男性なのだからそうなるのは当然で、それはこの業界でも同じことなのだろう。男性が愛人を持つことに比べて女性が同じことをする率はずっと低い。
「タイラーみたいに見た目が良ければ、まあ金持ちの奥方に見初められることもあるだろうけど、僕は残念ながらそういう容姿じゃない。だから最初からそういう面でのパトロンを見つけることは諦めて、こつこつやってるんだ。下宿屋に暮らして、生活費をできるだけ切り詰めて……男なら特に、そういうやつは多いよ」
「そっか」
「いつか、ちゃんと所帯を持ちたいと思ってはいるんだけどね……まだだいぶ先の話かな。今の稼ぎじゃね」
でも、今はひとつ仕事をもらえてて、その舞台がもうすぐ始まるんだ、とアッカーは嬉しそうに口にした。
「そうなんだ。よかったね」
「ああ。たいした役じゃないけど、それでもちゃんと舞台で歌えるのは嬉しいよ。少しずつ、認めてもらえることも増えてる」
そう言って彼はいったん言葉を切り、「タイラーも、そうだったと思うんだけどな」と付け加えた。
「そうなの?」
「ああ。彼は本当に素晴らしい声の持ち主だった。天の賜物というべきかな。努力だけではどうにもならない天性の歌声ってものがあって、それを磨いてこその一流歌手だと思うんだけど、彼はその歌声を持っていたと思う」
「それ、ほかの人も言ってたよ。彼には才能があったって」
「そうなんだ。なんていうのかな、もともとの才能という持って生まれたものと、それを必死で磨き高める努力と、どちらも両方ないと、真の歌い手にはなれない。どちらが欠けても大成しないんだ。車輪が左右両方にないと馬車が動かないみたいにね」
「ふむふむ。分かりやすいたとえだね」
「タイラーにはまず持って生まれたものがあった。それに、歌に対する努力も真摯に続けていたと思う。そしてそれを認めてもらえつつあったはずだ。このまま続けていたら必ず日の目を見ることになったのに、どうしていなくなってしまったんだろうな。本当に分からないよ」
「やっぱり、あなたもそう思うんだね。みんな同じことを言うんだけど」
「そりゃあそうさ。これからってときにいなくなるなんて、信じられない」
紅茶を飲み終えたルーシェリアはカップを置いた。
やはりアッカーも、ほかの人と同じことを言っている。タイラーは容姿に恵まれていただけでなく、才能にも恵まれ、それを活かすための努力もしていた。これからというときにいなくなるという今の事態は、明らかに不自然だと。
考え込んだルーシェリアに、アッカーが空のカップを手の中でもてあそびながら「何かあったんじゃないのかな」と言った。
「何か?」
「そう。音楽を続けられなくなるような何かが。家族の誰かが亡くなったのかもしれないし、金が尽きたのかもしれないし、あるいは、恋人と別れたとか……」
「恋人と別れたからって、打ち込んでいた音楽を捨てたりするものなの?」
「そういう人間だっているんじゃないかな。大きな心の傷を負ったりすれば、歌なんて歌えなくなるかもしれない……歌手ってのはさ、身体そのものが楽器なんだ。とても繊細なものなんだよ。精神と肉体は分かちがたく結びついているから、精神的な不調でうまく歌えなくなるってことはよくある。それが高じればそもそも歌うことそのものが無理になることだって考えられる」
「へえ……そういうものなんだ」
ルーシェリアにはまったく分からないことだ。首をかしげたルーシェリアに、「もちろん、それを糧としていっそうの高みにのぼることもできるはずだけどね」とアッカーが補足した。
「喜びも悲しみも、すべて歌の糧となる。だからたくさんの経験を積めって、僕の師匠はよく言うよ」
「うーん、芸術って深いんだね……」
「まあね。だからこそ、人生をかけて取り組む価値があるんだ」
「そっか」
「はは。師匠に聞かれたら、若造が何を言ってるんだってどやされそうだな」
恥ずかしそうに笑ったアッカーに、「ありがとう。あなたの話、とても参考になったよ」とルーシェリアは丁寧に礼を述べた。
「あなたの歌がみんなに認められますように。それから、恋人さんとうまくいくといいね」
「ありがとう。君こそ、なんとかタイラーが見つかるといいな。このあと、ほかの歌手にも話を聞くのかい?」
「うん。この人たちにはもう聞いたんだ。あとはこのリストの最後の人が残ってるだけ」
ルーシェリアが差し出したメモを見て、アッカーが「おっと、バーバラ・シャノンか」と目を見開いた。
「その子、ちょっとあれだぞ……ちゃんと話してくれるかな」
「え、なんで?」
「バーバラは、タイラーに振られてるんだ。一緒の舞台で歌った歌手たちのひとりなんだけど、ほら、タイラーって顔がよくて声もいいから、もてるんだよな。で、バーバラも彼に熱を上げてて……」
「へえ。でもタイラーさんの好みじゃなかったのかな」
「そうなんだろうね。彼女はぐいぐい押してくるタイプで、穏やかな彼にはそれが苦手だったんじゃないかな。最終的にはきっぱり断られたらしい。バーバラがだいぶ怒ってた」
「なんで怒るのさ」
振られたから怒るものなのだろうか。悲しむのなら分かるけど、と首をひねったルーシェリアに、「君ももうちょっと大きくなって、いろんな女を知れば、分かるようになるかもな」とアッカーは苦笑した。
「バーバラはかなりの美人で、男に人気があるんだよ。だから、自分になびかないなんて信じられないと思ったんじゃないか。気が強くて、女王様みたいな子だから」
「うーん……そういう女の人とは、できればあまりお近づきになりたくないなあ」
「分かるよ、僕もだ。正直、自分の相手役じゃなくてよかったと思ったからなあ……」
「あれ、アッカーさんも?」
「ああ。僕はもっと優しくて穏やかな子が好きだから」
「恋人さんはそんな感じなんだね」
まあね、と照れるアッカーはルーシェリアから見てもなんだかかわいかった。いい人だなと思う。こういう男性と恋仲になる相手も、きっとかわいらしい女性なのだろう。
そんなアッカーはルーシェリアを玄関まで送ってくれて、健闘を祈るよ、と悪戯っぽく片目をつぶった。
「あなたもね」
「まったくだ」
アッカーに手を振って歩き出す。いい人でよかったと思いつつ、次はたぶんこうはいかないんだろうなあとルーシェリアは暗い気持ちになった。




