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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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尽きた手がかり 2

 いくつか通りを渡る。少年が言っていたように、4つ辻の角に建っている建物には通りの名前を記したプレートが設置されていて、とても分かりやすかった。それを見て角を曲がり、まっすぐに進んで左右の家の番地を確かめていく。


 しばらく歩いたところで探していた数字を見つけ、ルーシェリアはその建物に近づいた。

 どちらかといえば南街区の建物に近い、4階建ての石造りの集合住宅だ。造りはしっかりしているものの、このあたりのほかの建物と同じく、かなり古びている感じは否めない。


 扉のノッカーをとんとんと打ちつけると、しばらくして「はい、どなた?」と声がして、扉が開いた。黒っぽい服と白いエプロンを身にまとった初老の女性が出てきて、まじまじとルーシェリアを見つめる。


「えっと、人を探してるんだ。ここに、キース・アッカーさんっていう歌手が住んでないかな」


「……アッカーさんなら確かに住んでますよ。うちの下宿人だけど、何の用ですか」


 ここは下宿屋だったのか。納得したルーシェリアは「人探しを頼まれていて、キースさんがその人を知らないかどうか聞きに来たんだ」と説明した。


「今いたら会いたいんだけど、どうかな?」


「いますよ。聞いてきますからちょっと待ってて」


 その女性はゆっくりとした足取りで奥の階段をのぼっていった。

 戸口でおとなしく待つことしばし、彼女と一緒にひとりの男性が階段を降りてくるのが見えた。キース・アッカ―だろうか。

 背は普通の男性より少し低く、太っているというほどではないが恰幅(かっぷく)がいい。美青年とはお世辞にも言えないものの、気立てのよさそうな青年だ。


「僕に会いたいというのは、君かい?」


 歌うような、耳にこころよい声が響き、ルーシェリアは「そうだよ」とうなずいた。


「あなたがキース・アッカーさん?」


「ああ。君は?」


「僕はルーシェ・フォート。情報屋の仕事をしていて、今はアルマン・タイラーさんを探す仕事を請け負ってる。あなたはタイラーさんを知ってるよね」


「いちおう知ってはいるよ。彼がどうしたんだい?」


「アッカーさん、お話ししたいのならこちらへ」


 女性が手招きして先に立って歩き出し、アッカー青年は「客間で話そう。おいで」とルーシェリアをいざなった。


「客は自分の部屋に入れないというのがここの原則でね」


「そうなんだ。僕は話せたらどこでもいいよ、別に」


 通された客間はこぢんまりと快適そうに整えられていた。「座って」とアッカー青年に勧められ、彼の座った反対側の椅子に腰を下ろす。

 こんなふうに部屋に招かれて座らせてもらったことなど、ティリアンの屋敷以外ではほとんどないので、ちょっと緊張する。


「ありがとう」


「いいや。それより、彼を探しているって、どういうことだい? 行方不明にでもなってるのかい?」


「実はそうなんだ」


 ルーシェリアはこれまでの経緯をざっと説明した。へえ、とアッカーは目を見開く。


「確かに、彼は王都出身だとなんとなく思っていたから、田舎に帰ったと言われると違和感があるけど……でも確かな証拠があるわけじゃないから、難しいな」


「アッカーさんはどれくらいタイラーさんと親しかったの?」


「親しいというほどじゃないよ。一度だけ同じ舞台に出て、そのときに何度か話した程度だからなあ」


「だよね……どんなことを話したか、覚えてない?」


 ルーシェリアの質問に、アッカーは「うーん……」と思い出すように視線を宙にさまよわせた。


「そうだね、たぶん一番話題になったのは、やっぱりその舞台のことだな。どんなふうに演じるのかという話や、さっきの歌はどうだった、みたいな批評や感想とか……歌のことを話していただけで、個人的なことなんて別にお互い話さなかったね」


「うーん、まあ、そうだろうね」


 見も知らない他人どうしが、ひとつの舞台のためにだけ集まり、練習して、本番を迎えて、本番が終わればもう会わなくなる。舞台というのはそういうものらしい。

 ルーシェリアの分からない世界ではあるけれど、よほどうまが合う相手以外は、そういう関係の中で個人的に親しくなることはあまりないのかもしれない。


「失礼します」


 そのとき、さっきの女性が盆を持ってまた現れた。盆の上にはふたり分の茶器が載っている。なんとお茶まで出してくれるようだ。

 不愛想ではあるが親切な彼女に、ルーシェリアはにっこりと微笑みかけた。彼女の目が丸くなり、そして少し表情がやわらぐ。


「どうぞ」


 テーブルに紅茶を置いて出ていこうとした彼女に「どうもありがとう」と声をかけると、彼女は軽くうなずき、そのまま出ていった。

 湯気の立つ紅茶のカップを取り上げたアッカーが、「君もどうぞ」と言ってからカップに口をつける。ルーシェリアもありがたくそれに(なら)った。熱いのは分かっていたので、すぐには飲まずふうふうと息を吹きかけて冷ます。


「そうだ。ひとつだけ、思い出したよ」


 紅茶を飲んでいたアッカーが、ふと思い当たったように顔を上げ、笑顔を見せた。


「彼には恋人がいたんじゃないかな。恋の歌をどう歌うかって話になったことがあって、僕がどうしてるか別のやつに聞かれたんだ。で、好きな子のことを思い浮かべて歌うよって話したら、そいつが『おまえもそうか』ってタイラーにも尋ねて……そのとき、そうだね、そうしてるかもって答えていた気がする」


「へええ……それは新しい情報だな」


 ルーシェリアは目を見開いた。今までタイラーの交友関係が話に出てきたことはない。まして恋人がいるなど、誰も言及してはいなかった。


「あなたにも、いるんだね」


「ああ……まあね」


 アッカーは照れくさそうに視線を逸らし、「僕のことはいいじゃないか」と咳払いをした。


「ふふ。片思いなの? それとも、もう付き合ってるの?」


「……いちおう、付き合ってるよ。相手の休みの日に落ち合って広場を散歩するくらいだけど」


「ほうほう。どんな人なの?」


「……ひとり暮らしの老婦人に雇われてる小間使いの子だ。いや、だから僕のことはいいんだって。君はアルマンのことを調べてるんじゃないのかい」


「もちろんそうだよ。でも、あなたの恋の話を聞くのは純粋にいいんだよね。愛人とかパトロンとか、そういう話ばっかり聞くから、そうじゃない話があるとなんかすがすがしいというかさ」


「ああ……まあな」


 アッカーの顔に苦い笑みが浮かぶ。


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