尽きた手がかり 4
「私は何にも知らないわ。さっさと帰ってよ」
(やっぱり)
バーバラ・シャノンのところにやってきたルーシェリアは、予想通りの展開に苦笑を禁じえなかった。
アッカーが忠告してくれた通り、バーバラは高慢な女王さながらの態度で現れ、ルーシェリアがタイラーの名前を出すなり美しい顔をゆがませてそう言い放ったのだ。
「おまえも、こんな子ネズミを通すんじゃないわよ、まったく」
ルーシェリアを入れてくれた女中に険しい目を向けた女主人に、年若い女中は縮こまった。
「すみません、でもロナージュ歌劇場の支配人さんの依頼も受けてるって言ったから……」
「……え、そうなの」
この場を立ち去ろうとしていたバーバラが振り向く。ルーシェリアは慌ててうなずいた。
「そうだよ。もともと僕にタイラーさん探しを依頼してきたのは別の人だけど、ロナージュ歌劇場の支配人さんからも頼まれてる。だから、もし何か知ってたら、なんでもいいから教えてくれない?」
「何かって、どんなことをよ」
「どこ出身なのか、どんな家族がいたのか、どんな性格か、金はあったのか、パトロンとはどんな感じだったか……とにかく何でもいいんだ。気づいたことを教えてくれたら、それで」
「出身や家族のことは聞いたことがない。性格は穏やかで温厚、金持ちそうには見えなかったけどパトロンからしっかり援助を受けてて何の不自由もなさそうだった。パトロンとの関係も良好そうに見えた。あたしが知ってるのはそれくらいよ。そう支配人に言いなさい」
ルーシェリアの上げた例にぽんぽんと言葉を投げ返したバーバラは、それだけ言うとまた去っていこうとする。ルーシェリアはさらに食い下がった。
「ありがとう。あとさ、彼の交友関係とか、知らない? このリストの名前以外に、彼が親しくしていたような人とか――」
「知らないって言ってるでしょ!」
くるりと振り向いてバーバラは声を荒らげた。せっかく綺麗な顔をしているのに、怒っているせいで台無しだ。
「彼は人当たりはいいけど、まわりとはなんとなく線を引いてる感じで誰ともそんなに仲良くならなかった。あたしのことも、ちっともありがたがってくれなかった。今まで、あたしを拒んだ男なんていなかったのに!」
「……そ、そっか」
「とんだ恥をかかせてくれたものよ。あれだけ迫ったのに、はねつけたんだから。あの男、もしかして男色家なんじゃないの。このあたしを袖にするんだから」
「……そうかもしれないね」
聞きしに勝る女王様だな、とルーシェリアは心の中で思いつつ、相槌をうった。バーバラがそんなルーシェリアをさげすんだようにちらりと見る。
「なによ。どうせ適当に話を合わせてるだけでしょ」
「え、違うって。こんなに綺麗なお姉さんから迫られたのに断るなんて、本当にもったいないなと思っただけだよ」
それは本心だった。性格にいささか難があるとは言え、容姿だけならバーバラは確かに本人がうぬぼれても仕方がないほど美しい。
抜けるように白い肌に金茶色の筋が入った赤褐色の髪、鮮やかな緑色の瞳。すらりとしているのに胸や腰は豊満で、いかにも男好きのしそうな容姿なのだ。彼女の誘いを拒む男がそうそういるとは思えなかった。ほとんどの男なら、これ幸いと据え膳を食らうのではないかと思うのだが。
ルーシェリアが本気でそう感じているのが伝わったのだろう、バーバラの表情が少しだけやわらいだ。
「なんて言って断られたの?」
もはや単純な興味から尋ねてみると、バーバラは悔しそうに「好きな人がいるからって言われたのよ」と吐き捨てた。
「どうせ、どっかのろくでもない小娘でしょうけどね」
「う、うん」
「ほんっと、腹が立つったら。顔は確かによかったけど、結局それだけだった」
「そ、そっか」
可愛さ余って憎さ百倍、というやつだろうか。バーバラは思い出すのも嫌だと言わんばかりの顔をしている。
本当にそうなのか、まだ心を残しているけれど強がっているのか、ルーシェリアには判断がつかなかった。近所のお姐さんたちから話だけはいろいろと聞いているけれど、ルーシェリアにとって色恋沙汰は守備範囲外なのだ。男女の心の機微など分かるはずもない。
「ごめんね、腹が立つようなことを聞いて。でも参考になったよ、ありがとう」
彼女から聞けるのはこれくらいだろうと、ルーシェリアは早々に退散することにした。
「ええ、もう彼のことで来たりしないでよ。これ以上話せることもないし。リリー、その子を外に連れていったら出かける支度を手伝ってちょうだい」
「は、はい」
リリーと呼ばれた若い小間使いはびくりとして姿勢を正し、「おいで」と小さな声でルーシェリアを呼んだ。じゃあね、ありがとう、ともう一度バーバラに礼を言ってその場を立ち去り、リリーのあとについていった。
「リリーさん、ごめんね。僕を通したから怒られちゃった?」
「だいじょうぶ。お嬢様はいつもあんな感じだから」
リリーは困ったように笑い、「あの態度ほど怖い方じゃないの、本当は」と小さな声で教えてくれた。
「だから心配しないで」
「うん、分かった。ありがとう。さよなら」
裏口からバーバラの家を辞去する。先日訪れたセリーナの家と同様、若い女性の稼ぎで住めるとは思えないほどのちゃんとした家だが、バーバラはどのような収入でこの家に住んでいるのだろうか。
セリーナ以上に若くて美しいバーバラなら愛人にと望まれることも多そうだけれど、彼女は自尊心も相当高そうだ。そんな彼女が愛人という立場に甘んじていられるのかどうかと問われると、なんとなく難しいのではないかという気がする。
「まあ、僕には関係のないことだ。無用な詮索は禁物だよね」
バーバラから得られた情報で使えそうなものはたったひとつ、「好きなひとがいる」というタイラーの言葉くらいだ。それだって、本当に好きな相手がいたのか、バーバラを断る口実に過ぎなかったのかは分からない。結局、タイラー探しはまったく進まなかった。
「そろそろこっちで打てる手がなくなったなあ……公爵様に、そう言わなきゃ」
ルーシェリアは小さくため息をつき、今日はもう帰ろうと南街区へと足を向けた。
なんとか100個目のエピソードまでたどり着くことができました。
とはいえまだ全体の6分の1ほどまでしか進んでいないので、これからも更新がんばります。
ラストまで気長におつき合いいただければ嬉しいです。




