公爵への報告 4
「もしくは殺害の現場に居合わせ、何か重大なことを目撃したか。いずれにせよ、彼は兄を殺した犯人に自分まで殺されるのではないかと判断し、姿をくらませた。そう考えれば急な引っ越しにも納得がいく。……とはいえ、何の根拠もない話だ。文字通りの仮説にすぎない」
「本当に田舎に親戚がいて、本当に病気になって援助してもらえなくなったりして、王都でこれ以上芸術を学ぶのを諦めたのかもしれないしね」
「ああ。彼から直接聞いてみないと真実は分からないな。なんとかして探し出せるといいのだが」
ため息をついたティリアンが、「それから、君のほうではどんな話を聞いてきたのだ?」とリドリーのほうを向いた。
「最初に申し上げたように、大きな手掛かりは出てきませんでした。ただ、ランドール様とアルマン・タイラー青年がずいぶん親しそうだったという印象を、ダンバーも持っていたようです。タイラーが公爵邸に招かれて音楽室で歌っていることもあったそうで、そういうときはランドール様がピアノを弾かれていたと言っていました」
「アリンガムの結婚祝いの話とも符合するな。ほかには?」
「そうですね、彼の話で少し気になったのが、ランドール様がときどき、どこへ行くとも告げずに外出されることがあったということです。確かこれはミスター・ボイドからの聞き取りのときに彼も言っていたことで、ただ『出てくる』とだけおっしゃって、徒歩で出ていかれることがあったと」
「ほう」
「おそらく近くで辻馬車を拾って目的地へ行っておられたのでしょうが、何にせよ、屋敷の使用人には知られたくないところへ行っていたということではないかと思います。ダンバーは、きっと娼館にでも行くのだろうと思っていたそうですが」
「まあ、ありがちな話だからな」
「そうですね。それに、彼のその判断にはそれなりの根拠がありました。たまに、外で服を脱ぎ着されたのではないかと思われることがあったそうなんです」
その言葉に、ティリアンは興味を引かれたようにリドリーに視線を合わせた。
「兄の服のようすが、出る前と違っていたのか?」
「はい。戻られたランドール様の着替えを手伝っていたとき、シャツの一番下のボタンが留まっていないことがあったと。自分が着せたときには確かに全部留めておいたのだから、これはいったん脱いだのだろうとダンバーは感じたようですね。そのほかにも、クラヴァットの結び方が自分が結んだものと微妙に感触が違っていたり、タイピンの位置がわずかにずれていたり……」
「なるほど。しかし、よく気づいたものだな」
「ほんのささいなことではありますが、ダンバーに限らず近侍というものは主人に細かく神経を払うのが習慣になっていますから、小さなことにもよく気がつくのでしょう。そうしたことから、ダンバーは、ランドール様がときおりその手の場所へ行かれていたのではないかと思っていたそうです。先日そのことを言わなかったのは、単に忘れていたせいだと言っていました」
「目立つほど頻繁ではないし、贈り物をしたりして入れあげるほどのこともなかったが、ときには娼婦のもとに行っていたかもしれないというのは、無理のない推理だな」
「ええ。正直、その話を聞いて少し安心したくらいですよ。ランドール様も普通の方だったのだなあと。何しろ、これまで調べた限りでは、どんな聖人君子かと思うくらい、欲というものを感じさせない生活をしておられたように見受けられましたから……」
リドリーは肩をすくめて苦笑した。確かにそうだな、とティリアンも小さく笑う。
「規則正しく生活して、ひたすらピアノに没頭し、ときおり友人にクラブへ連れていかれたり、音楽会に足を運んだりする。浮いた噂のひとつもなく、賭け事にも手を出さない。金遣いは堅実……領地経営や貴族院での活動には関心がなかったらしいが、まあ貴族としてはまともなほうだと言えただろうな」
「やるべきことに関心がなかったのにまともなの?」
思わず首をひねったルーシェリアにリドリーが「おい、正直すぎる突っ込みはやめろって」とこれまた正直すぎる制止をした。ティリアンが思わずといったようにまた笑う。
「君の言いたいことは分かるが、賭け事や道楽に金を使いすぎて家を傾ける貴族も少なくないからな。堅実に暮らしていただけでましなほうだと思うぞ」
「稼ぎはよくないけど、酒を飲んでは奥さんや子供を殴ったりしない亭主だからまだましだ、っていう感じ?」
「……たとえ方がひどくないか」
顔をしかめたリドリーに、ティリアンが「まあ、そんなものだろうな」と苦笑いした。
「いやあ、じゃあますますリドリーは完璧だよね。すごくかっこいいし、ちゃんと稼ぐし、奥さんは大事にするし――むぐっ」
「俺の話はやめろ」
大きな手でルーシェリアの口を押さえて物理的に口を封じたリドリーが、「それから、アリンガムとギブソンの話も聞いてみました」と話題を変えた。ふたりのやり取りを愉快そうに見ていたティリアンが「ああ」と相槌をうつ。
「ランドール様を一番よく訪れていたのはラングドン様で、その次がアリンガム様。ギブソン様もときおりいらっしゃっていたとダンバーは言っていました。アリンガム様がおいでになるときはたいて音楽室のほうに行かれ、一緒に合奏をされたり、お互いの演奏を聴き合ったりしておられたそうです。そういえば、タイラーが舞台に立てるよう口をきいてくださったのがアリンガム様だったそうで、ランドール様はずいぶんアリンガム様に感謝しておられたと」
「ほう。アリンガムの影響力はなかなかのものだったのだな」
「俺にはよく分かりませんが、たぶんそうなんでしょうね。心ゆくまでともに音楽を楽しめるご友人のひとりとして、大切に思っておられたようです」
「……兄がよい友人に恵まれていたことを知っただけでも、この調査を始めた意味はあったな……よかった」
ティリアンがひとりごとのようにぽつりとつぶやき、それきりまた黙り込んだ。報告することも尽きたルーシェリアとリドリーも黙り、依頼主の物思いを破らぬよう静かに座っていた。
ややあって、小さく息をついたティリアンが身じろぎし、「今日話すべきことは、話せたか?」と尋ねた。
「はい。あまり内容のあるものでなくてすみません」
「いや、それなりに有益な情報もあった。ルーシェの聞き出してきたイングラムという歌手をあたってみよう。一週間後のこれくらいの時間にまた来てくれ」
「分かりました」
リドリーが答え、では失礼します、と立ち上がった。ルーシェリアも立ち上がる。
「僕ももうちょっと調べてみるね。何か分かったら、来週に報告する」
「ああ。ではまたな」
「うん」
ルーシェリアはリドリーと連れ立って部屋を出て、ミスター・ボイドから今回の報酬が入った巾着を受け取って公爵邸を後にした。
「ルーシェ、もうちょっと調べてみるって言ってたけど、どこでどう調べるつもりなんだ」
歩きながらリドリーが聞いてくる。えっとね、とルーシェリアは2本の指を立ててみせた。
「思いつくのは2か所。タイラー青年の住んでいた家の隣人たちと、劇場の支配人がくれたリストの下のほうにあったあとふたりの歌手だよ。タイラーたちの横に住んでいた女中さんが、市場に行ったときに知り合いにも聞いてみるって言ってくれてたから、それの回収に行こうと思ってる。歌手のほうは、たぶんほかの歌手たちと大差ない話しか聞けないだろうけど、まあとりあえず行っておこうかなって」
「そうか……正直、どっちも期待薄だが、聞いて損をするわけでもないからな」
俺はしばらくこの件ではやることがないな、とつぶやいたリドリーは「しばらくおまえに任せるよ」とルーシェリアの肩をぽんと叩いた。




