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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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公爵への報告 3

「美しい容貌をしていて、出世欲がなく、自己主張をしない人間。まとめるとそのような感じだろうか」


「そうだね。同僚の若手歌手たちや支配人の口ぶりからしても、彼は本物の才能に恵まれていて、いずれもっと有名な歌手になるんじゃないかと期待されていた人物だったようなんだ。だからなおさら、支配人は彼が行方知れずになったことに驚いていた」


「ふむ……」


 カップをソーサーの上に戻したティリアンが考え込むように眉根を寄せる。


「何かあったと考えてもおかしくないな。いくら出世欲がないとは言え、そこまで唐突に歌の世界から姿を消すのは不自然な気がする。ずいぶんと慌ただしくいなくなったらしいと、君は言っていたが……?」


「そうなんだ。隣に住んでいた使用人の女性に聞いたんだけど、前の日まで何も言っていなかったのに、次の日にいきなり引っ越してしまったって。それを聞いて、僕もなんだか変だなと思ったんだよ。いくら田舎の親戚が病気になったからといって、いきなり引っ越すものなんだろうかって」


「確かにそうだな」


「普通はまず状況を見極めるために会いに行く程度なんじゃないのかって思うんだよね。だから、その話を聞いて、まるで夜逃げみたいだという印象を持った。もっとも、ちゃんと引っ越しの挨拶をしてるんだから、夜逃げとは言わないだろうけどさ」


「彼らがその家を引き払ったのは兄の死の直後だった。いくら兄が死んでパトロンがいなくなったとは言っても、たった数日でそこまで急いで引っ越さないといけないというのは……」


 ティリアンはそこで言葉を切り、考え込んでしまった。彼の黙考を邪魔するまいとルーシェリアは口をつぐみ、残ったパンと紅茶を腹に納めることに専念した。これほど幸せなひとときはそうはない。

 ふたつめのパンには何かの干した果物が刻んで入れてあり、その甘酸っぱさがまた食欲をそそる。たっぷりのミルク入りの紅茶も申し分なく美味で、ルーシェリアはしみじみとそれらを味わい、つかの間の幸せを満喫した。

 横でもリドリーが静かに、しかし熱意をもって同じようにお茶の時間を堪能している。


 しばらくして、黙り込んでいたティリアンがふいと顔を上げ、満ち足りた表情になっているであろう自分たちを目にして表情をゆるめた。


「……満足しているようだな」


「うん、おかげさまで。今日も最高だったよ、ありがとう」


 にこにこしながらルーシェリアが礼を言うと、ティリアンはこらえきれないように小さく笑った。


「それはよかった」


「公爵様は、何を考えていたの?」


「ああ……兄の死とアルマン・タイラーの引っ越しに関係があるのかどうかを考えていた。そして、もしあるとすれば、どういう関係なのかを」


「ふむふむ。確かに、お兄さんが死んですぐに行方が分からなくなったというのは、何か関係があるんじゃないかと思いたくなるよね」


「関係があると仮定してだが、すぐに思いつく最も単純なものがひとつある。分かるか?」


 ティリアンがルーシェリアに尋ねた。たぶんね、とルーシェリアはうなずく。


「誰かが殺されて、身近にいた人間がその直後に行方をくらませたとなれば、一番最初に思いつくのはあれだよね、その人間が殺人を犯して、捕まらないように逃げたって可能性だ」


 南街区にいれば人死になど日常茶飯事だと言っていい。殺人だって例外ではなく、単純な喧嘩(けんか)のはての刃傷沙汰(にんじょうざた)、何らかの組織ともめて殺される構成員、夫に殴り殺される妻、仲間から暴行を受けて殺される少年、強盗に襲われて身ぐるみ()がされたあげく殺されるよそ者など、ありとあらゆる種類の殺人が南街区には転がっている。だからルーシェリアもその手の事件にはすっかり慣れていた。

 当たり前だが、殺人者は憲兵に捕まらないように逃げるものだ。アルマン・タイラーがランドールを殺害したとしたら、帰宅したその足で逃亡を図るというのはまったく自然なことである。


「そうだ。私も仮説としてそれを考えてみた。だが、援助を受けているパトロンを殺したところで、タイラーにはまったく利益がない。兄との関係が悪かったのならともかく……」


「少なくとも、はたから見ればいたって良好だったみたいだよ。舞台に出演したときは高価そうな花束が楽屋に届いていたと劇場の人が言っていたもの。若い歌手仲間の人たちも、いいことしか言っていなかった」


「どんなことだ?」


「ずいぶん思いやりのあるパトロンだったらしいとか、ただ彼の才能を愛して後援してくれてるらしいとか、パトロンのほうも音楽の才能があってアルマンは彼のことをすごく尊敬してるらしいとか、嫌な思いはまったくしてないとか……」


 羨むようなセリーナの表情を思い出してルーシェリアは言葉を切った。一流の歌手になりたいという自分の夢のためとはいえ、愛しているわけでもない男に身を任せるのは楽しいことではないだろう。

 セリーナやその他おおぜいのほかの歌手や女優たちに比べれば、タイラーはこれ以上ないほど恵まれていたはずだ。そんなパトロンを殺す動機がまったく思い当たらない。


「そうか。それほど良好だったのならますます、タイラーが兄を殺したという説には無理があるということだろうな。そもそも南街区での犯行だったという時点でおかしい。であれば、もうひとつの仮説が浮かぶ。ルーシェ、それも分かるか?」


「うん、分かると思うよ。誰かが殺されて、身近な人間が慌てて逃げ出す。そいつが犯人でないのなら、逃げる理由はただひとつだ。自分も殺されたくないからでしょ」


「そう。そしてなぜそう思うのか。その答えもひとつしかない。自分も狙われる立場にあることを自覚しているからだ。つまり、その人間は犯人を知っている、あるいは犯人にとって都合の悪いことを知っているということになるな」


「……その仮説でいくと、アルマン・タイラーはランドール様を殺害した犯人を知っているということになりますね」


 黙ってふたりのやり取りを聞いていたリドリーが驚いたように声を上げる。そうだ、とティリアンはうなずいた。


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