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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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公爵への報告 2

「こんにちは、公爵様」


「ああ。今日はリドリーも来ているのだな」


「ラウンティンに行ってきたときの報告をと思いまして。ただ、あまり有益な情報は得られませんでした。残念ながら」 


「僕のほうもまだタイラーの足取りがつかめていない。彼の歌手仲間やかつての隣人に話を聞いたけど、それほどの情報は得られなかった。彼が旅をしたことがなくて、どうも王都出身らしいというのが分かった程度だ」


「そうか」


「でも一方で、田舎の親戚が病気になったから帰ると言って引っ越したらしい。隣人がそう証言してるんだ。王都出身だというのが本当だとしたら、田舎に帰ると近隣の住人に話していたのは嘘だったということになるんだけど……どっちが本当なのか分からない」


 ティリアンは少し考えていたようだったが、何か言いかけたところで小間使いがお茶の用意を携えて現れたためか口をつぐんだ。

 やってきたのは先ほど会ったばかりのティナで、ワゴンの上で流れるように滑らかな手つきで紅茶を淹れてローテーブルの上に置いていく。お茶請けの載った皿も置かれ、ルーシェリアは目を輝かせた。

 さっき昼食をいただいたばかりなので、おなかが減っているわけではないけれど、ここで出てくるパンやサンドイッチは本当においしいのだ。


 ティナがしとやかにお辞儀をして去っていくと、ティリアンはまた、何事もなかったように話し始めた。


「だが、嘘をつく理由などあるだろうか。普通に引っ越せばいいだけなのでは?」


「なんか、ずいぶんと慌ただしくいなくなったみたいなんだよね。もしかしたら、それをごまかすためなんじゃないかって思ったんだけど……」


 返事をしつつもルーシェリアは気もそぞろだった。テーブルの上には湯気を立てる紅茶と魅惑的なお茶請けが並べられているというのに、ティリアンは何も言ってくれないのだ。話に夢中で、お茶を勧めるのを忘れてしまっているのだろうか。

 じっとパンを見ていたルーシェリアはすがるような思いでティリアンに視線を上げ……目を見開いた。明らかに笑いをこらえているような表情のティリアンがこちらを見ている。


「な、なに?」


「いや……あとはお茶を飲みながら話そうか、よかったら」


「うん!」


 ようやく勧めてもらえたとほっとしながらさっそく手を伸ばし、目の前の皿に盛りつけられたパンを取る。

 食べやすいように半分に切られた小さな丸パンには細かく砕いた胡桃(くるみ)が入っていた。ぱくっと食べると、ふんわりとした生地にかりっと香ばしい胡桃の食感がなんとも魅力的で、思わず頬がゆるむ。


「おいしいねええ」


「……よかったな。リドリー、君も食べるといい。おいしいそうだぞ」


「……はい、ありがとうございます……」


 なぜか苦笑いをしたリドリーも同じようにパンに手を伸ばした。口に入れて「うん、うまいな、ルーシェ」とうなずく。


「でしょ? うちで食べるパンとはもはや別の存在だよね、これ」


「ああ」


 今度は紅茶を飲もうとしたら、ティリアンが「ルーシェ、ミルクは?」と聞いてきた。入れてほしいのでうなずく。


「ありがとう! よかったら欲しいな」


「では入れてやろう」


 ティリアンはミルクの入った小さなピッチャーをかたむけ、たっぷりと注いでくれた。「ありがとう」ともう一度礼を言ってからそうっとカップを持ち上げる。うっかりどこかにこぼさないように、ソーサーももう片方の手で持って、慎重に口をつけた。馥郁(ふくいく)とした香りとまろやかな味を堪能していると、またティリアンの視線を感じて顔を上げる。


 彼は自分のカップを持ったまま、愉快そうに微笑んでいた。最初の頃はにこりともしなかった彼だが、最近はときどきこんなふうに表情をゆるませることがある。ルーシェリアたちの存在に慣れてきたのだろうか。


「それでルーシェ、ほかに何か聞き込みの成果はあったのか」


「タイラーが一緒に住んでたのは家政婦じゃなくて伯母のミセス・ダーシーっていう女の人らしい。夫とは死別して子供もいないから、甥っ子を我が子のように可愛がって献身的に世話をしていたと聞いた」


「独り身になった伯母か。なるほどな」


「そう。あとは、タイラーの師匠が分かったくらいだね。ミスター・イングラムっていう人で、往年の名歌手だと聞いた。みんなの口ぶりじゃ、すごく偉い人みたいだよ。ロナージュ歌劇場の支配人が、彼は王立歌劇場で主役を歌っていたような大物だからうちみたいな小さな劇場とは縁がないって言ってた」


「ほう」


「そのミスター・イングラムに聞けば弟子の動向が少しは分かるかもしれないけど、支配人が知らないくらいだから僕ではたどれないんだよね。公爵様なら、なんとかならないかな。ほら、音楽に詳しいアリンガムっていう貴族の人とかに聞いてさ」


「それほど有名な歌手だったのなら、おそらくアリンガムが知っているだろう。当たってみよう」


 ティリアンはうなずき、優雅なしぐさで紅茶を飲んだ。


「ほかには何か?」


「アルマン・タイラー本人のひととなりもいちおう聞いてきたけど、みんながまず一番に口にしたのが、彼はなかなかの美青年だということだった。パトロンなんてその気になればいくらでも見つかるだろうというのが衆目の一致するところみたいだね」


「なるほど。ほかには?」


「あと、どうも出世欲がないというか、歌ってさえいればそれでよくて、王立歌劇場で主役をやりたいといったほかの歌手なら当然持っているような熱意が彼からは感じられなかったとか、控えめで自分のことをほとんど話さなかったとか、人の話によく耳を傾ける人物だったとか……そんな感じかな」


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