公爵への報告 1
マドロン地区の市に遊びに行った翌日、ラウンティンから戻ってきたリドリーと一緒に、ルーシェリアは公爵邸におもむいた。ここ数日で調べたことの報告である。
残念ながらそれほど多くのことが分かったとは言えず、ふたりともいささか足取りが重かった。
着いてみるとティリアンはまだ屋敷に戻っていないという。午後には戻ると告げられたので待つことにして、使用人たちの控え室でのんびりと時間をつぶした。
ルーシェリアが来たと聞いてマギーが顔を出し、「なんか食べていきなよ。そっちの兄貴もよかったらどうだい?」と誘ってくれたので、ありがたくお言葉に甘えることにして厨房のほうへ行った。
ものすごく広い厨房の横には、使用人たちが軽い食事を取るための小さな食堂があり、そこに置かれたテーブルで他にも数人の使用人たちが食事をしている。
「あら、ルーシェ」
顔見知りの女性使用人であるティナがちょうどそこにいて、にっこりと笑いかけてくれた。
「やあ、ティナ。こんにちは」
「今日はお兄さんも一緒なのね」
「うん。いろいろ報告することがあるから」
ティナの横に座っている若い小間使いが、リドリーに見とれている。リドリーは如才なく「こんにちは、お邪魔しますね」と微笑んだ。
彼女は頬を赤くしてもごもごと「え、ええ、どうぞ……」と隣の席を示してくれた。背が高く顔立ちも整ったリドリーは女性に非常にもてるのだ。愛想もいいからなおさらである。
「はいよ」
マギーが木の器に入った具だくさんのスープと丸パンをふたつ載せた皿を持ってきてくれた。リドリーの皿には4つ。なんとも気前のいいことである。ふたりは礼を言ってありがたく食べ始めた。
貧民街では望むべくもないたくさんの具が入ったスープは、ちゃんと肉まで入っていてたまらなくおいしい。そしてふかふかのパン。もちろんティリアンに出されているものとは違う使用人用のパンではあるけれど、それでも十二分に美味で、ふたりとも夢中になってぱくぱくと平らげてしまった。
旺盛な食欲のふたりにマギーが満足そうに微笑み、「お代わりはどうだい?」と聞いてくる。
「あの、もしくれるんだったら、もらうけど、いいの?」
「あんたたちふたりくらいの分、増えても減っても変わりゃしないさ。さあ、入れてあげるから器をおよこし。特にルーシェ、あんたはずいぶん細っこいんだから、せめてここでたんと食べて肉をつけなきゃね」
ルーシェリアとリドリーの器にお代わりをよそってくれたマギーが、また別の使用人たちがどやどやと入ってきたのに気づいて破顔した。
「飢えた子羊たちがまた来たよ。さあ、ちゃっちゃと食べていっておくれ」
昼間はここで仕事のあいまに食事を取ることになっているらしく、だいたいいつ来ても誰かしらがここで食事をしている。先に食べ終えたティナともうひとりの小間使いが席を立ち、入れ替わりに別の使用人たちがまた席に着く。
何十人分もの食事を毎食分すべて作るのは大変そうだが、ここは料理人も厨房の下働きの手も多いし、当主の性格からして頻繁に晩餐会を催したりすることもなさそうなので、ほかの屋敷に比べればずいぶんとましなのかもしれない。
そもそも料理人は使用人の中では相当な高給取りのはずで、腕のいい料理人はどこに行っても引く手あまただ。マギーのように、料理を作るだけでなく人に何かを食べさせるのも好きだという人間には、まさに天職なのだろうと思う。
お代わりをありがたく食べながら、周りの様子を興味深く観察する。貴族の屋敷に出入りするようになって、こういう場所に雇われている使用人にもいろいろあるのだということが実感として分かってきた。
この世の中に貴族と平民、金持ちと貧乏人がいるように、使用人のあいだにも厳然とした階層がある。
一番高い階層にいるのが執事と家政婦頭、この屋敷で言えばミスター・ボイドとミセス・ライトで、その次が公爵家の人々に出す料理を任される料理人たち。次が年かさの従僕たちで、それに中堅どころの女性使用人たちが続く。
その次が補助的な仕事をする料理人たちと、特殊な地位にいる厩舎頭や庭師となる。若い従僕たちや従僕見習い、小間使いたちはその下で、さらに一番下に来るのは貧しい家庭から奉公に出されているのであろう下働きの少女たちだ。ひたすら皿を洗ったり、野菜の皮むきをしたり、洗濯室で汗だくになりつつ屋敷中の洗濯物を洗ったりするのが彼女たちの仕事である。
従僕の青年が下働きの少女に偉そうにしているのを見たりすると、ここも社会の縮図だなあと苦笑してしまう。
だがまあ、ここの人たちは総じて気さくで親切だとも思う。何しろ、貧民街から来ているルーシェリアたちに、特に居丈高にふるまうこともなくざっくばらんに接してくれるのだから。
食べ終わると、ルーシェリアとリドリーは皆に挨拶をし、マギーたち料理人にも丁寧に礼を言って厨房を出た。まだミスター・ボイドもミセス・ライトも呼びに来ないので、また使用人用の控室に戻ってそこで待つことにする。
置かれている大衆紙を読みながらのんびりと時間をつぶしているうちに、ようやくミセス・ライトが顔を出した。
「リドリー、ルーシェ。ティリアン様が少し前に戻られたわ。そろそろ執務室に降りてこられる頃合いだから、行きましょう」
「はい」
リドリーが答え、ふたりは腰を上げた。
彼女の言ったとおり、執務室にはもうティリアンが座っていて、ふたりを見ると「よく来たな」とうなずいた。




