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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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マドロン地区の市 6

 「そりゃあよかった。パンもたんとあるからね、好きなだけお食べ」


 リーサは鷹揚(おうよう)にうなずき、パンの入った(かご)を指さした。ありがとうと礼を言ってもうひとつパンを取ったルーシェリアに、ニコラスが「ほんとによく食うな」と呆れたように言う。


 「ほら、育ち盛りだから。いくらでも入るんだ」


 「人んちの飯だから余計に入るんじゃねえのか」


 「人んちのっていうより、リーサさんのご飯がおいしいからだよね。ほんとにありがとうリーサさん。おいしかったよ」


 パンも食べ終わったルーシェリアは感謝を込めてリーサに微笑みかけた。


 「リーサさんって本当に料理が上手だよね。あなたの義理の息子のシドも、あなたの料理に目がなかったんじゃない?」


 「まあね。どんなにふてくされていたときでも、食べ物に釣られてコロッと態度を変えていたもんだったねえ」


 思わず吹き出す。泣く子も黙るマドロン地区の顔役も、養母にかかっては形無(かたな)しである。


 「え、どんなふうに?」


 「意地っ張りな子でね、なかなか『ごめんなさい 』が言えないんだよ。でも悪さをしたらちゃんと謝らせなきゃいけないだろう?  そういうときは、食事にわざとあの子の好物をこしらえるのさ。それで……」


 「それで?」


 「こう言うんだ。ちゃんと謝らない子にはこれはやらないよ、他のみんなで分けるよってね。そうしたら、必ず降参してきたもんだ。ごめんなさい母さん、もうしないから俺にも食べさせてくださいってすがりついてくる。それがまあ、可愛くておかしくて、怖い顔をし続けるのが難しかったもんさね」


 「なにそれ、可愛い!」


 「だろう? 」


 笑い転げるルーシェリアの横で、ニコラスがなぜか愕然とした顔になっている。頭目であるシドの情けないところを暴露されるのが屈辱なのかもしれない。確かにシドにとったら部下には聞かせたくない話だろう。


 「リーサさんってシドのほかにも男の子を3人も育ててたんでしょ?  みんなにそんなことしてたの?」


 「まあね。でも一番やんちゃで一番強情だったのが長男のあの子だったからね、一番手を焼いたのも分かるだろう。他の子には別のやり方もしていたさ。どんなやり方がいいかはその子によって違うから」


 「ふむふむ」


 なんとなく想像できる気がした。まだ若い、けれども既に十分な迫力と貫禄のあるリーサが、あの手この手で4人のやんちゃな男の子たちを育てている姿が。きっと厳しく、しかし愛情を込めて彼らを育てたに違いない。

 だからこそ、シドもこうして養母に店を持たせて護衛まで置き、彼女を大切に扱っているのだろう。そう言うと、リーサは照れくさそうに手を振って笑った。


 「そんなたいそうなもんじゃないよ。だいたい、あの子は未だにあたしを心配させ通しだからね。他の子たちはみんなちゃんと所帯も持って落ち着いて暮らしてるってのに、あの子だけは今でもふらふらと……。ねえ、ニック?」


 「……おかしらが心配かけてすみませんねえ」


 苦虫を10匹くらいまとめて噛み潰したような表情でニコラスが言い、「ちゃんとおかしらに伝えといておくれよ」とリーサがにやりと笑った。


******


 「じゃあね、リーサさん、それからニコラスさんも。あの……また来ていいの?」


 「ああ、よかったらまたおいで。店の掃除もあと少しなんだろう? 明日っていうのもなんだから、その次の日曜はどうだい」


 「うん、だいじょうぶだと思うよ。ほんとは配置換えなんかもしたいけど、ニコラスさんもいるかな?」


 「ニックはいつだって居るさ、あたしが言えばね」


 リーサがこちらにちらりと流し目をくれた。もとよりこちらに拒否権はない。諦めて「へいへい」と返事をすると、ルーシェはくすくすと笑った。


 「ではまたね、さよなら」


 かろやかな挨拶を残してルーシェが店を出ていくと、ニコラスはじっとりとリーサを睨んだ。


 「リーサ、あれはわざとだったのか」


 「あれって、なんだい?」


 にやにやと笑うリーサ。明らかに、ものすごく楽しんでいる。それがなんとも腹立たしい。


 「俺が怒られてるときに限って俺の好きなものが食卓に出てきたことだよ!」


 「おや、今まで気づかなかったのかい。間抜けだねえ」


 「くっ……!」


 ニコラスは顔を赤くしてぎりぎりと歯を食いしばった。ミートパイ食べたさに母のスカートにしがみついて許しを乞うたことが何度あったことだろうか。なんでこんなときに限って俺の好物が出てくるんだと、そのたびにやるせない気持ちになったというのに、まさかあれが仕組まれたものだったとは。


 「しかもそれをあいつにばらすなんて、ひどくないか?」


 「あの子はそれがおまえのこととは知らないんだから、いいじゃないか。面白がってくれてよかったよ」


 「俺の子供時代の話をむやみに茶飲み話のネタにするのはやめてくれよ、頼むから……」


 「ふん、ささやかな思い出話くらいさせてくれたっていいだろうさ。さんざん世話してきたんだから」


 「う」


 「夜泣きするおまえをあやし、おむつを替え、ミルク(がゆ)を食べさせ、着せる服を縫い、熱を出せば徹夜で看病し……。乳を含ませる以外のことは全部やってきたこのあたしに、おまえの子供の頃を懐かしく思い出して話をする権利もないって言うのかい?」


 「……うぐぐ」


 そう言われるとニコラスにはもう何も言えない。捨てられた赤ん坊だった(らしい)自分を拾い、大人になるまで育ててくれたこの養母に逆らうことなどできないのだ。


 南街区で捨て子など珍しいことではない。ある程度育っていれば――そう、せめて10歳くらいになってでもいれば、労働力として拾われることはある。だが赤ん坊など手がかかるだけで、その子にかけた手間を回収できるまでその子が生き延びられるかは博打(ばくち)のようなものだ。

 だから、赤ん坊のうちに捨てられた子を拾う者などおらず、捨てられた赤ん坊が助かることはまずない。そのまますぐに死んでしまう運命なのだ。


 だがリーサは自分を、そして同じように捨てられた赤ん坊だった弟たちを拾い(一番下の弟は自分が拾って連れて帰ったのだが)、見捨てることなく育ててくれた。しかも、我が子として、愛情を込めて。

 ニコラスたち兄弟はみな、自分たちが父にも母にも愛されていることを知っていた。大きくなったからと売り飛ばすことも、きつい労働をさせられることもなく、貧しいながらものびのびと育つことができたのだ。

 この南街区でそんな環境を享受できたことが、どれだけ幸運きわまりないことだったか。だから兄弟たちはみなリーサを愛し、こよなく大切に思ってきた。育ててくれた恩を何とか返したいというのが兄弟の一致した願いなのだ。


 大人になり、気がつけばマドロン地区を束ねる顔役のひとりにまでのし上がっていた自分でさえ、リーサには未だに頭が上がらない。「はあ……」とため息をついて、ニコラスはカウンターに突っ伏した。


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