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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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マドロン地区の市へ 4

 結局リーサは宣言通り砂糖や塩、油もしっかり購入し、ニコラスが持ちきれなかった分はルーシェリアが持って、店に帰還した。

 徹頭徹尾付き合わされただけのニコラスがぐったりとカウンターに突っ伏している横で、ルーシェリアはリーサが淹れてくれた紅茶を飲みながらリーサと楽しくおしゃべりをしている。


 「それはもう4匹の子狼を飼ってるみたいだったね」


 「はは。なんか想像がつくね、その例え」


 「食卓にどれだけ皿を並べても、あっという間にすっからかんになるんだよ。そのくせちっとも太りゃしない。いつでも何か口に入れる機会を狙ってねえ……」


 「気持ちは分かるよ、うん。僕だっていつも何か食べたいもの」


 「あんたなんて可愛いもんだよ。ほんとにあの頃は、三度の食事を作って食べさせるだけで1日が終わってた感じだったからね」


 苦笑いするリーサの向かいで、ニコラスが妙に神妙な顔でおとなしくなっている。

 護衛としてこの店にいるらしい彼は、きっとしばしばリーサに食事を作ってもらっているのだろう。ルーシェリアがキリアに頭が上がらないように、人間はおいしい食事を作ってもらう相手には強く出られないものだ。

 もしルーシェリアがこの店で働いていて、リーサがあの絶品ミートパイやその他のおいしいごはんをいつも出してくれるなら、ルーシェリアはリーサに絶対の忠誠を誓っていることだろう。胃袋をつかまえるという表現はつくづく言い得て妙だと思う。


 「ニコラスさん、元気ないね。ちょっと買い物に出たくらいで疲れたの?」


 ぺしぺしとニコラスの肩を叩くと、「男には買い物っていう技能はついてねえんだよ」と生気のない返事が返ってきた。よほど疲れたようだ。


 「そうなの?  でもリドリーはちゃんとキリアの買い物に付き合ってるよ。荷物持って、キリアがときどき質問するのにちゃんと答えて」


 「質問ってなんだよ」


 「えーっとね、今晩何が食べたいかとか、どっちの野菜が好きかとか…あんまり知らないけど、そんなのじゃないのかな」


 「……俺は、出てきたものを、何でも、文句を言わずに食う。美味(うま)けりゃそう言う。まずけりゃ黙って食う。男ならそれで十分だろうが」


 強調するように一語一語を切ってニコラスがうなり、またばたっとカウンターに突っ伏した。うつろな目をして、「分かった……」とつぶやく。


 「俺はよく考えたら朝から何も食ってなかった。だから力が出ねえんだ」


 「あれ、そうなの?  何も食べてなかったの?」


 「そうだよ。朝方にこっちに戻ってこいって言われてたから、戻ってきてもう一度寝直してたところをリーサに叩き起こされたんだ」


 そう言うとニコラスは恨みがましい目つきでリーサを見つめた。


 「なあリーサ、なんか食わせてくれよ。でないと動けねえよ」


 「しょうのない男だねえ。あたしはちゃんと起こしたのに、朝食に間に合う時間に起きてこなかったのはおまえのほうだろう」


 そう言いながらもリーサは立ち上がり、「仕方ないね」と笑った。


 「何か簡単なものを作ってくるよ。あんたも食べていくかい?」


 「え、いいの!?」


 ルーシェリアは顔を輝かせた。


 「ひとり分だけ作るのもかえって面倒だからね。ちょいと待ってておくれ」


 リーサは奥のほうへ入っていった。残されたふたりのあいだにしばらく沈黙が降りる。手持ち無沙汰になったルーシェリアはスツールからおりてぶらぶらと店内を見て回った。商品に積もっていた(ほこり)もなくなり、床はそれなりに綺麗に()き清められ、前よりずっと店らしく見えるようになった気がする。


(次は商品の陳列の仕方をもうちょっと変えたらどうかな。でもそもそも、この店で何か買う人っているんだろうか。ここに来るようになってから、お客さんなんて一度も見ないけど……)


 そもそもこの店は裏稼業の目くらましとして形ばかりの質屋をしているだけなのだろうから、実際のところ、ここがどんな状態であってもリーサは気にしないに違いない。


 そんなことをつらつら考えているうちに、奥の方からいい匂いがただよってきた。急におなかが減ってきたような気がして、ルーシェリアはいそいそとカウンターに戻った。


 「……おまえはちゃんと食ってきたんじゃねえのか」


 再びスツールに腰かけると、カウンターに突っ伏していたニコラスが顔だけ横に向けてぼそっと聞いてきた。えへへ、とルーシェリアは照れ笑いを浮かべる。


 「まあ、食べてきたんだけどさ……食べたの結構前だし、歩き回ってお腹もすいたし、リーサさんもせっかく作ってくれるって言うし……」


 「つくづく食い意地の張ったガキだな」


 手が伸びてきてむにっと頬が引っ張られる。「いひゃい!」とルーシェリアはニコラスの手をはたき落とした。


 「何するのさ、痛いじゃないか」


 「おまえのほっぺた、柔らかくてよく伸びるよな。引っ張るのがおもしろいんだよ」


 「やーめーてー」


 なおも手を伸ばして引っ張ろうとしてくるニコラスを睨みつけ、両手を頬に当てて守る。手が使えないかわりに足を使うことにして、スツールに座ったニコラスの足をげしっと蹴飛ばすと、「うげっ」とおかしな声を上げたニコラスが、のっそりと上半身を起こした。


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