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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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マドロン地区の市へ 3

 (いち)の商品は中央街区などに比べればはるかに貧相なことは否めないものの、それなりに揃っていて、ひっきりなしに買い物客が行き交っている。野菜や穀物が中心で肉や果物はそれより少ない。どちらもこのあたりでは贅沢品になるからだ。

 リーサはあちらこちらの屋台で品定めをしては野菜や肉を腕に()げた(かご)に入れていく。ひとり暮らしの老女にしては買う量が多い気がするが、用心棒として店にいるニコラスの分も入っているからだろう。


「それで何を作るの?」


「これは赤ワインを入れてこの肉の煮込み料理を作るのさ。多少固くても、コトコト時間をかけて煮れば柔らかくなるからね」


「へええ、おいしそう。この野菜は?」


「それは炒めてもいいしスープに入れてもおいしいよ」


「大量のじゃがいもは何になるの?」


 ニコラスが持たされた籠の中にどんどんものが追加されていく。中でもじゃがいもが場所をとっていた。


「半分は茹でて潰してマッシュにするんだ。あんたの好きなミートパイにも入ってるだろう?」


「あ、そういえば。あとは?」


「あとはいくつかを揚げるつもりだけど、残りはすぐには使わないよ。じゃがいもは日持ちするからね」


「どうせ俺がいるからってこれ幸いと重いものを買ってるんだろうよ」


 後ろからニコラスのげんなりした声がする。リーサは涼しい顔でうなずいた。


「当たり前じゃないか。ちょうどいいから砂糖や塩なんかも買っておこうかねえ。油ももう少し欲しいし……」


「買いすぎじゃないのか、それ」


「調味料は日持ちするんだから今のうちに買っておいたっていいだろう。さて、場所はどこだったか」


「……」


 墓穴を掘ったと言わんばかりの顔でニコラスは籠を反対の手に持ち替えた。もう片方の手には(ほうき)を持っている。用心棒にあるまじき生活感にあふれた姿がなんともおかしい。なまじ体格がよく、顔立ちもたいそう整っているだけに、手にしたものとの落差が激しいのだ。

 そちらに目をやるたびに笑いそうになるのを頑張ってこらえているのだが、どうやらニコラスにはばれているらしい。ルーシェリアを見返す目が『こいつ覚えてろよ』と雄弁に語っている。ルーシェリアは気づかないふりをして「ねえリーサさん、なんかいい匂いがするね」とリーサを振り返った。


「ああ、パン屋があるからね」


「ほんとだ、おいしそう」


 行く手にはパンを売る屋台も出ていた。あたりに漂うおいしそうに焼かれたパンの匂いに、ルーシェリアの腹がくうっと鳴った。物欲しそうな雰囲気が出ていたのか、リーサが笑う。


「なんだい、腹が減ったのかい」


「いや、そういうわけでもないんだけど……おいしそうだなって」


「ははっ。あんたは自分でパンを焼くのかい?」


「無理だよそんなの。リドリーの奥さんのキリアが焼いてくれるのをもらったり、店で買ったりしてるよ」


 ルーシェリアは慌てて否定した。ろくに料理などできい自分がパンなど作れるわけがない。


「リーサさんはやっぱり自分で作るの?」


「最近は買うこともあるけど、昔は自分で焼いてたよ。そのほうがずっと安くつくからね。男の子を4人も育ててりゃ、とにかく食費を抑えながら量を増やすことしか考えなくなるもんさ」


「なるほど」


 ルーシェリアはしみじみとうなずいた。食べ盛りの男の子4人となると、食事を作ってあてがうだけでいかにもたいへんそうだ。

 ルーシェリアひとりを食べさせるだけで苦労していたかつてのリドリーを覚えているだけに、リーサの骨折りがしのばれる。


「それは本当にたいへんだっただろうね。よくがんばったものだよリーサさん」


「まったくだ。若かったからできたんだろうねえ。さてルーシェ、せっかくだからあんたにも何か買ってやるよ。どのパンがいい?」


「え、ええっ!?」


 パンの屋台の前で足を止めたリーサに、ルーシェリアは驚いて声を上げた。


「なんで僕に?」


「箒のためにわざわざ朝からこっちに来てるんだ、パンくらい買ってやってもいいだろうと思ってね。駄賃だと思って、好きなものを選びな」


「え、えっと……でもさ」


 箒を弁償するために来たのだから、駄賃をもらうのは変だと思う。正直にそう言うと、「気にしなさんな」とリーサは笑った。


「ふだんはひとりでしか来ないからね、すっと来て必要な分だけさっと買って帰るだけなんだよ。今日はあんたがいるから賑やかで、楽しい買い物ができてる。その礼なんだから、受け取っておくれ」


「う……」


 それでもルーシェリアがためらっていると、リーサがパン屋に近づいて並んだ商品を「ふむ」と検分し始めた。そして、その中からひとつの丸い固まりを選び出して「これをおくれ」と店員に頼む。


「15リルだよ」


「あいよ」


 リーサが小銭を払い、紙袋に入れられたパンの固まりを「ほら」とルーシェリアに押しつけた。


「干しブドウのパンだ。きっと気に入るよ」


「あ、ありがとう」


 干しブドウ入りのパンはときどき見かけるけれど買ったことはない。何も入っていない普通のパンに比べて当然ながら高価だからだ。

 でも味の想像はつく。きっと口に入れたら甘酸っぱい干しブドウの風味がふんわりと広がって、たまらなくおいしいのだろう。ルーシェリアはごくりとつばを飲み込んだ。


「はは、すげえ顔してるぞ」


「え、どんな」


「肉を前にした犬みたいな顔」


「……」


 ニコラスの指摘に反論できず押し黙るルーシェリアを見て、ニコラスが「おっ、自覚はあるみてえだな」とにやにや笑う。リーサがそれを見ておかしそうに目を細め、「さ、次はこっちだよ」とまた歩き出した。


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