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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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マドロン地区の市へ 2

「ニコラスさん、ほら、(ほうき)があるよ」


「ああ」


「見せてもらおうか。おじさん、その箒を見せてくれる?」


 後ろを向いて何かごそごそと作業をしていた、店の主人とおぼしき男が振り返った。初老のくたびれた感じの男だ。ルーシェリアと、その横のニコラスをじろりと見て、「箒?」と繰り返した。


「そう。そこにあるでしょ。取ってもらえるかな」


 男は無言で両手に一本ずつ箒を持ち、ずいと差し出してきた。ありがと、とそれを受け取って検分する。


「ねえリーサさん、どんな箒がいい?」


「あんまり重くないのがいいねえ」


 リーサ、という呼びかけに男がぴくりと反応し、視線を上げた。リーサを見て目を見開く。ひょっとして『マドロン地区のリーサ』はかなり有名なのだろうか。こんな行商人でも知っているくらいに。

 リーサは男をちらっと見てからルーシェリアに視線を移し、にやりと笑った。


「あたしに売ってくれるとなりゃ、多少はまけてもらえるかもね。さて、どっちがいいかな」


「あっちの残ってるほうも出してもらおうか」


 ルーシェリアは「残りのも見せてよ」ともう一度頼み、残りの2本も出してもらった。細い小枝を束ねたものと、もう少し細かい何かの繊維らしきものを束ねたものの2種類があり、大きさも少しずつ違う。


「ねえ、これ、どれも同じ値段?」


「……こっちのほうが安い」


 店主は小枝のほうを指さしてそう言うと、またちらりとリーサを見た。これは絶対にリーサのことを知ってるな、と思わせる反応だ。

 ルーシェリアは全部の箒を抱え、「どれがいい?」とあらためてリーサに尋ねた。ニコラスはというと手を出そうともせず、腕いっぱいに箒を抱えたルーシェリアを見て「似合うぜ」と笑いこけている。失礼な男である。


「こっちのほうが()きやすそうだねえ。これを買おうか」


 リーサは少し高いほうの小ぶりな箒を指さした。小柄なリーサにはちょうどいいだろう。ルーシェリアはうなずき、「おじさん、これください」とその1本だけを右腕に移し、残りは左腕に持ち替えた。


「あいよ」


 手を伸ばした店主は買うことにした箒だけをまず受け取り、それを横に置いてからルーシェリアの持っていた残りの箒をまとめて持ち上げた。元の場所に残りの箒を片付けてから、のっそりとこちらに向き直る。


「いくら?」


「……300リルだが、250にまけてやるよ」


 リーサの威光のたまものだろう、なんとあちらから値引きを申し出てくれた。しかしそれで満足するのはもったいない。ルーシェリアはもうひと声とばかり交渉を始めた。


「うーん、もうちょっとまからない? ねえ、ニコラスさん」


「そうだな。もちっと安いとありがてえな」


「……じゃあ、220リルにしてやろう。それ以上は無理だ」


「分かった。じゃあニコラスさん、半分払ってね」


 ここが潮時だろうとルーシェリアはズボンのポケットから巾着を取り出した。110リルを数えて払おうとすると、ニコラスの大きな手が伸びてきて、「おまえは50リルでいいよ」と指が50リル硬貨だけをつまみ上げていく。ルーシェリアは驚いて顔を上げた。


「え、なんで、ニコラスさん。僕、半分払うよ」


「おまえみたいなガキに半分きっちり払ってもらうなんざ、俺の男がすたるんだよ」


 ぶっきらぼうな口調ではあるが、言っていることは優しい。でも、とルーシェリアは口をとがらせた。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、折半(せっぱん)すると言った約束を反故(ほご)にするなんて、僕だって男がすたるんだよ」


「ルーシェ、ここは年長者を立てておやり。あたしだって、孫みたいな年齢の子にあんまり金を出させるのも寝覚めが悪いからね。あんたの心意気は分かったからさ」


 反論してみたものの、ニコラスだけでなくリーサにまでそう言われて、ルーシェリアは「分かった」と諦めてうなずいた。


「ふたりとも、ありがとう。特にニコラスさん。今度、僕の分のミートパイをひと切れ進呈するよ」


「おう、それはありがたいな」


 顔をほころばせたニコラスが金を払い、代わりに箒を受け取った。

 大柄で筋骨たくましい、しかもたいへん整った顔立ちの中年男が手に持つのが箒だという光景は、はっきり言って相当滑稽だ。ルーシェリアは一瞬吹き出しそうになり、慌てて口を手で押さえて表情を取り繕った。そんなルーシェリアをニコラスがじろりと睨む。


「なんだよ」


「なんでもないよ」


「おまえのその顔がすべてを物語ってるぞ、まったく」


 舌打ちしたニコラスは、だが「それ、代わりに持とうか?」と手を差し出したルーシェリアに、首を横に振った。


「いい。どうせ俺は荷物持ち要員として連行されてここにいるんだ、おまえに持たせたりしたらリーサに睨まれる」


「そうなの?」


「ああ。だから俺のことはほっとけ」


「そっか。じゃあ、お願いするね」


 ニコラスが納得しているならまあいいのだろうと、ルーシェリアは箒については彼に一任することにしてリーサを振り返った。


「用事は早々に終わっちゃったけど、このあと、どうするの?」


「せっかくだからもう少し回っちゃどうかね。あたしも買い物したいんだ。なんたって今日は荷物持ちがいるからね」


「確かに」


 せっかく男手がいるのだから、この機会に買いだめしたいということなのだろう。ルーシェリアは納得して「僕も何か持つよ」と申し出た。


「ああ、荷物が増えたらお願いするかもしれないね。とりあえずはニックに持たせときゃいいだろう」


 相変わらずのぞんざいな扱いにニコラスが顔をしかめる。リーサはそんな彼ににやりと笑いかけたあと、「さて、いいものはあるかねえ」と歩き出した。ルーシェリアももちろん後に続いた。


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