マドロン地区の市へ 1
ルーシェリアは土曜日の朝にリーサの店を訪れた。指定されたとおり、朝ごはんを食べてすぐに出発したのだ。
どんどんと店の扉を叩き、「リーサさーん、僕だよー」と大きな声を上げる。ややあって扉が開き、にこやかな笑顔を浮かべたリーサが「おはよう、ルーシェ。待ってたよ」と迎え入れてくれた。
「おはよう、リーサさん。いいお天気でよかったね」
「そうだね。さっそく出発しようか。行くよ、ニック」
奥に向かって声を張り上げたリーサは、「朝帰りなんだよ、あの男。どこぞの女のところにしけこんでたのさ」と顔をしかめた。
「そっか。じゃあ、まだ眠いんじゃないの?」
「知ったことかね、そんなことは」
客観的に見ればニコラスはとても魅力的な男で、いかにも女にもてそうである。誰かといい仲になって夜をともに過ごすのは、彼のような男にはごく自然なことだろう。
「僕とリーサさんのふたりで行けばいいんじゃない? お金は後で半分もらうとしてさ」
「あいつはあたしの用心棒なんだよ、一緒に来させるに決まってるだろう。それに荷物持ちもしてもらわなきゃならない。あんたじゃ、あまり助けにはならなさそうだからね」
「う、まあ、そうだけどさ」
「さっき叩き起こしてきたから、そろそろ来るだろうよ。……ほら」
のっそりと姿を現したニコラスはいかにも眠そうだった。大きなあくびをして、「おう、ルーシェ」とぞんざいに挨拶する。シャツのボタンは半分ほどしか留まっておらず、長めの髪はぼさぼさで、無精ひげも伸びていた。
「おはよう、ニコラスさん。爽やかな朝だね」
「……おまえ朝から喧嘩売ってんのかよ」
「売ってないよ。本当に外は爽やかなんだ。外の空気を吸えばニコラスさんも目が覚めるんじゃないかな」
「俺は爽やかな朝より濃厚な夜のほうが好きなんだっての。まったく、せっかくのいい女と朝までのんびり過ごせないなんて、ひどい話だと思わないか」
ニコラスはぶつぶつとぼやきながらシャツのボタンを留め、手櫛で髪を梳いてから手首に巻いていた細い革紐で手早くひとつに縛った。
それから剣帯を締めて剣を吊るし、リーサから手渡されたマントを羽織る。無精ひげはともかく、とりあえず身なりは整ったようだ。
「待たせたな。行くか」
「ああ。さあルーシェ、ついておいで」
「うん!」
初めての市を実はけっこう楽しみにしていたのだ。ルーシェリアはわくわくしながらリーサの横に並んで歩き出した。
リーサの言っていたその市というのは、店からしばらく歩いた先にある広場で開かれていた。たくさんの客が行き交い、店先で品定めに忙しそうである。
「へええ……けっこうお店もたくさん出てるんだね」
「ああ。食料品を商う店は毎日やってるけど、金物屋や小間物屋みたいな、道具を扱う店は、週に一度しか来ないんだよ。ほかのところを回ってるからね」
「なるほど」
毎日必要な食べ物とは違い、箒や食器といった日用品はたびたび買うものではない。貧しい南街区の住人ならなおさら、できるだけ金をかけないようにとそういうものを買おうとはしないから、毎日ここで商売しても儲からないのだろう。ルーシェリアはふむふむと納得しながら店に近づいていった。
市そのものはルーシェリアの住むあたりに出ているものとほぼ同じようなものだ。広場のまわりに木材で作った簡素な屋台にいくつも台を置いて商品を並べてある。場所によっては建物に沿ってささやかな庇が設けられていて、雨の日でも屋台や品物が濡れないようになっていた。
もちろんその庇の恩恵にあずかれる店ばかりではなく、完全に露天のところも多い。特に食料品ではないものを売っている店――つまり週に一度しかここに来ないという店は、ほぼ露天だった。まあ、考えてみれば当たり前だが。
「箒なんて買ったことないけど、いくらくらいなのかな」
「俺に聞いて分かると思ってんのか」
「これは純粋な質問じゃなくてあくまでも話題のきっかけだよ、ニコラスさん。分かってないなあ」
金物屋には何人かの女性たちが集まり、鍋やら何かの型やらといった調理器具を品定めしている。
横の瀬戸物屋ではひとりだけ年配の女性がしゃがみこんでカップを物色していて、さらにその横、ごちゃごちゃとした生活用品らしきものを売っている店にも、数人の客がちゃんといて、桶を見たりたらいを見たりしていた。週に一度しか来ないとなればそれなりに客はいるようだ。
ルーシェリアはそばに近寄り、奥の方に何本かの箒が立ててあるのを見つけた。




