歌手たちの証言 5
「だから俺はそいつに言ってやったんだよ、おまえはちょっと無欲すぎる、もうちょっと自己主張してもいいだろうって」
「あんたはその自己主張が強すぎるんでしょ、他人にまでそれを焚き付けるんじゃないわよ」
なんか激しい夫婦だな。ルーシェリアはそう思いながらおとなしくふたりの会話を聞いていた。
いまルーシェリアがいるのは、最初に訪ねた歌手仲間の家だった。夕方なら戻っているだろうと隣に住む少年に教わったので、頃合いを見計らって再び訪れたところ、幸いハント夫妻はもう帰宅していて、アルマン・タイラーのことを聞きたいと言うと快く部屋に招き入れてくれたのだ。だが。
「思ってることをちゃんと言わないと、いつまでたっても言われたようにしか歌えないだろう!?」
「自分の好き勝手に歌うことを求められてるわけじゃないの、あくまでも演出家の意向に沿った演技を求められてるんだってことが、なんであんたには分からないのかしらね!」
目の前のふたりはルーシェリアなどそっちのけで熱い議論を展開している。
どうやら夫のミスター・ハントだけでなく妻も声楽家のようで、ふたりとも声楽を生業にしているだけあってやたらよく響く声をしており、ただの言い合いがまるで舞台で演じられている劇のように見えてくる。身振り手振りも合わさり、狭い部屋の中を歩き回りながらの言い合いなので、よけいにそう思うのかもしれないが。とりあえず彼らが自分の家族でないことをこっそり感謝せずにはいられない。
発端はもちろんアルマンのことについての質問だった。彼はどんな人でしたか、という質問に答えてくれたふたりは、最初はやはり『なかなかの美青年だった』『けっこうなパトロンがいたらしい』という話をしていたのだが、途中から話が脱線してしまったのだ。アルマンが穏やかな性格で、演出家の意向や共演者の意見によく耳を傾けていたという話のあたりから。
「俺には俺なりの役の解釈ってもんがあるんだよ!」
「あたしにだってもちろんあるわ。でもそれを押し通せるほどの大物じゃないんだから、相手に合わせるのも必要でしょう! あんたにはそれが足りないって言ってるのよ。だから演出家から見れば使いにくいなんて言われちゃうのよ!」
痛いところを突かれたのか、男のほうがぐっと黙った。すかさずルーシェリアは割って入ることにする。
「あの、おふたりとも、ちょっと議論はあとにして、僕の質問に答えてほしいんだけど。アルマンさんが穏やかであんまり自己主張しない人だったというのはよく分かったから、そのほかに何か知ってることがないか、教えてほしいんだ」
ふたりは見事にそろって大きく息をつき、「あら、悪かったわね。つい熱くなっちゃった」と女のほうが肩をすくめた。
「まあ、でも、アルマンのことなんてそれほど教えてあげられないのよ。彼ってあんまり自分のことを話さなかったの。仲間うちでしゃべっているときも、人の話にただうなずいていることが多かった。ねえ?」
「ああ。でもいくつかは知ってるぞ。伯母と住んでるとか、音楽に造詣の深い貴族の後援者がいて、ときたま貴族の屋敷での音楽会に招かれて出演していたとか。公演のときにそのパトロンから白い薔薇の花束が届いてたのも覚えてる。あいつはすごく嬉しそうにしてた」
「へえ……彼、パトロンの人に大事にされてたのかな」
「そうなんじゃないか? そのパトロンにも天才的な音楽の才能があるとかで、すごく尊敬していると言っていたこともあったな。いやいや関係を結んでいたようなふしもなくて、恵まれてるよなあと思った記憶があるから」
おそらくそのパトロンというのが先代公爵のランドールなのだろう。ピアノがとても上手だったそうだから、矛盾もない。ふたりはきっと良好な関係だったのだ。
「じゃあ、彼が引っ越してしまったことに、心当たりはない?」
「まったく。あいつはこれからもっと有名になってしかるべきやつだったと思う。俺はバリトンで、はなから主役を張れるわけじゃないから別に嫉妬もしないけどさ、あいつはあと5年もすればそれこそ王立歌劇場でも歌えるだけの才能があるやつだと思ってた。だから、そんなふうにいきなりいなくなったと言われて驚いたんだ。いったいどうしちまったんだろうな?」
青年は本当に不思議そうに首をかしげてそう言い、「おまえもそう思わないか」と妻を見やった。
「もちろんあたしだって不思議に思うわ。何か厄介ごとにでも巻き込まれたんじゃないの?」
「厄介ごと……?」




