歌手たちの証言 4
「最初は端役からでもいい、とにかく舞台に出て、場数を踏んで、ひとりでも多くの人に自分の歌を聴いてもらいたい。あたしたち歌手はみんなそう願ってる。そしていつか、王立歌劇場で主役を張りたいってね。でも彼からは、あんまりそういう熱を感じなかった」
「そうなんだ……」
「ただただ歌っていることが幸せそうで、ほかの歌手みたいな上昇志向をあまり持ってない感じで……それがいいという人もいれば、物足りないと思う人もいたみたいね。若いのに野心を持っていないのが物足りないって」
「ふうん。他の歌手はみんな、そういうものなの?」
「だいたいはね。芸で身を立てようと思うなら、普通はみんな、大劇場で満員の観衆から拍手喝采を浴びるのが夢ってもんでしょ。もちろんあたしだってそう思うわ。でもアルマンは違った。歌っていられたらそれでいい、って感じの、欲のない子で……もしかしたら、だからこんな世界に嫌気がさしたのかも」
「嫌気がさした……?」
「そう。芸の世界なんて綺麗ごとだけじゃやっていけない。陳腐な言い回しだけど、光のあるところには影もまた集まるものでしょ。歌の才能だけでやっていけるほど平和な世界じゃないのよ」
「……そっか」
セリーナの言葉にはずしりとした重みがあった。彼女はこれまで、嫌というほどそれを思い知ってきたのだろう。
「あの子には才能があった。それは確かね。それに、確かけっこうなパトロンもついていたはずよ。あの子は綺麗だったから、その手の相手には不自由しなかったと思うけど、そのパトロンとやらはずいぶん思いやりのある人らしくて、あの子も喜んでた」
「そうだったんだ」
「嫌な思いはしてないのかって尋ねたこともあるけど、そんなことはまったくないって笑顔で否定していたわ。ほんとに、彼の才能を愛して、彼を育てるのに金を出してますって感じだったんじゃないかな。羨ましかった……」
ぽつりとこぼれたつぶやきは、セリーナの本音なのだろう。身体の関係と引き換えに援助を受けているであろう彼女の。
どう返事したらいいのか分からなくて黙り込んだルーシェリアに、セリーナは優しい笑みを向けた。
「ふふ、気にしないで。客観的に見ればあたしは恵まれてる方よ。いい家に住まわせてもらって、衣食住いっさいの面倒を見てもらって、宝石類までちょくちょくいただいてる。家はあたしのものじゃないけど、首飾りや指輪なんかはあたしのものだから、別れたって売り払えばかなりのお金になるの。妊娠にさえ気をつければ、悪い暮らしじゃないわ」
「……うん」
「パトロンがいなけりゃ、こんな暮らしもできないし、声楽のレッスンもばんばん受けられない。持ちつ持たれつってやつよ。今のうちにせいぜいお金をためて、上流階級にもつてを作って、いつかは王立歌劇場に立ちたい。そう思って頑張ってるの」
「そっか。がんばってね、セリーナさん」
そこでルーシェリアは大切な質問を思い出した。セリーナの言葉を聞いて思い出したのだ。
「そうだ、あの、アルマンさんが習ってた声楽の先生とか、知らないかな」
「アルマンの? ああ、確か彼はミスター・イングラムからレッスンを受けていたんじゃないかしら。往年の有名なテノール歌手で、あんまり弟子を取ったりしないはずの方なんだけど、なんか特別なつてがあったとかで。アルマンは自分では言っていなかったけど、同僚の別の歌手がそう言ってたのを聞いた気がする」
「ふうん……そのイングラムさんって、どこに住んでるか知ってる?」
「それは知らないわ、残念ながら。それこそ、ロナージュ歌劇場の支配人にでも聞けば分かるんじゃないの? あたしらから見たら雲の上の人なのよ」
「支配人さんに聞いてみるよ。ありがとね、セリーナさん。いろいろ話してくれて」
「いえいえ。アルマン、見つかるといいわね。でもあんまり期待しないほうがいいかもよ」
「え……」
セリーナは疲れたような笑みを浮かべて軽く首を横に振った。
「あんたは知らないでしょうけど、この業界は人の浮き沈みが激しくて、脱落していく若手なんて珍しくもなんともないの。まして彼は成功することに執着していたようには見えなかった。音楽をやめて故郷に戻ったと言われてもあたしは驚かないわ。あいにく彼の故郷がどこなのかは知らないから教えてあげられないけどね」
「セリーナさんも知らないんだ。そっか」
アルマンの行方をたどる手がかりがなかなかつかめない。困ったなと思いつつルーシェリアがうなずくと、ふとセリーナが「……あれ、でも」と言葉を継いだ。
「今ふと思い出したわ。なんか、アルマンが、旅をしたことがないと言っていたような気がする」
「旅をしたことがない?」
「そうよ。仲間うちでわいわいと雑談していたとき、何かのきっかけで旅の話になって……それで、アルマンがそう言っていたような気がするの。王都から出たことがないから、旅の話なんてできませんって。それで、みんなから『おまえは都雀だったのか』ってからかわれてた……うん、確かよ」
「そうなんだ。じゃあ、故郷に戻ったといっても、王都から出たってことはなさそうだね!?」
「彼の言葉を信じるなら、そうなんじゃないの。ま、ほんとか嘘かは確かめようがないけど」
セリーナは肩をすくめてそう言うと立ち上がって伸びをした。悩ましい曲線美がさらされ、ルーシェリアは目のやり場に困って下を向く。同性ではあっても、なんだかどぎまぎしてしまうのだ。
「そろそろ出かける支度をしなきゃ。このあと声楽のレッスンがあるの。ぼうや、だいたい聞きたいことは聞けた?」
「うん。どうもありがとね」
見計らったように先ほどの女中が降りてきて、「奥様、上の部屋にお衣装を出しておきました」と言うとルーシェリアを手招きした。勝手口まで連れていってやるからもう帰れということなのだろう。
ルーシェリアは「さよなら、セリーナさん」と手を振って別れを告げると女中の後についていった。




