歌手たちの証言 1
「引っ越していただって?」
翌日、ロナージュ歌劇場の支配人にタイラーが見つからなかったことを告げると、彼は驚いたように声を上げ、あんぐりと口を開けた。
「そんな話は聞いていないぞ」
「でも、ほんとなんだ。教えてもらった住所に行ってみたら、別の人が住んでて、アルマン・タイラーはもうそこには住んでなかった。ラウリア商会まで行って確かめたから確かだよ」
「それは本当か?」
ため息をついた支配人は、「だったら彼に連絡を取りたくてもできないということではないか」と呆れたようにぼやいた。
「連絡を取る予定があるの?」
「今はない。だが、彼はここの舞台でそれなりの評価を得ていた。彼の舞台を見た演出家が次の作品に彼を使ってみようと思うことだってあるだろう。仕事の機会が巡ってきても、行方が知れないというのではどうしようもない。せっかくいったんはつかんだ成功への足掛かりを、投げ捨てたというのか?」
「田舎に帰ったかもしれないと聞いたから、もしかしたら、これ以上王都にいられる金銭的余裕がなくなったのかもしれないけどね」
「うーん……」
ルーシェリアを支配人のところまで連れてきてくれた、このあいだの親切な男性が、首をひねった。
「彼にはたしか貴族のパトロンがいたと思うぞ。やたら高そうな花束が楽屋に届いていたからな。パトロンがいるなら、田舎に帰る必要なんてないだろう」
「そのパトロンの人がいなくなっちゃったんだよ。死んでしまってね。だから、お金がなくなってしまったんじゃないかな」
「おや、そうだったのか?」
男は苦笑いして、「だが、あの青年の器量なら、新しいパトロンを見つけるのは難しいことじゃなさそうだけどな」と反論した。
「彼は歌声もよかったが見た目もよかった。退屈している貴族の奥方あたりにいくらでも囲ってもらえそうなほど、な」
「ふうん……じゃあ、不思議だね、ますます」
音楽で身を立てようとしていたのに、なぜいきなりいなくなってしまったのだろう。その気になれば新しいパトロンを見つけることも簡単だと思われるほど容姿にも恵まれた青年のようなのに。
だが、もしかして、そういうことが嫌だったのかもしれない。身を売る対価として金銭を得て、そのお金で音楽を続けることが嫌だったとしたら? ランドールという理解ある後援者を失ってしまい、身を売るくらいならと潔く諦めたのかもしれないではないか。
「そうだ、あの、アルマン・タイラーが音楽を習っていた先生とか、知らない? そういう人がいても不思議じゃないよね?」
「ああ……もちろんいるはずだが、私は知らんな。おまえは知っているか?」
「そこまでは知りゃあしませんよ。音楽の専門的なことには門外漢なもんでね。でも、歌手仲間なら、知ってるんじゃないですかね」
「ああ、そうだな。そちらのほうで何人か紹介してやるから、聞いてみるといい。私としても、彼はつながりを切ってしまいたくはない歌手だ。なんとかして探してみてくれるかな。もし見つけたら、こっちにも連絡先を教えてくれ」
支配人は熱心な口調でそう言うと、後ろの棚からごそごそと何かの書類を取り出し、手近な紙になにやらさらさらとしたためた。吸い取り紙でインクを押さえてから「ほら、これをやろう」とルーシェリアに寄こしてくれる。
「この前タイラーの出た舞台で共演した若手の歌手たちの連絡先を何人か書いておいた。彼らなら、タイラーがどの教師についているのか知っているかもしれん。もしもまだ王都にいて、歌手になるのを諦めていないんなら、レッスンを受けるのをやめてはいないはずだ。ぜひあたってみてくれ」
「分かった。いろいろと教えてくれてありがとね。タイラーさんが見つかったら必ず知らせるよ」
「ああ、頼んだぞ」
そういうわけで、ルーシェリアはロナージュ歌劇場の支配人の期待も背負って、アルマン・タイラー探しを続けることになったのだった。




