アルマン・タイラーの旧居へ 3
「急なことで、ずいぶんと慌ただしく出ていったから、もしかしてよっぽどその親戚の具合がよくなかったのかもしれないね」
「そうなの? 急だったの?」
ルーシェリアが尋ねると、アンナがうなずいた。
「前の日まで何にも言ってなかったのに、次の日に会ったら、ばたばたと引っ越しの準備をしてたんだ。急な知らせがあって、田舎に帰らないといけなくなったって。あっという間にいなくなってしまったよ」
「あたしも驚いたわ。あんまり急だったから」
相槌をうったポリーが、手にしていた荷物が重くなったのだろう、反対側の手に持ち替えてから、「あたし、そろそろ行かなきゃ」と笑った。
「市場でもさんざんおしゃべりして、いいかげん時間を使っちゃったから。あんまり遅くなると奥様が戻ってきちゃう」
「そうだね、あたしもそろそろ戻ろうかな。旦那様がしびれを切らしてるかもしれないし。ごめんねぼうや、あんまり実のある話をしてあげられなくて。明日にでも、井戸端で集まる女たちに聞いてみてあげるよ。ミセス・ダーシーから何か聞いたことで、あんたの知りたそうなことを覚えてないかどうか」
アンナが親切にそう言ってくれたので、ルーシェリアは感謝の笑みを向けた。
「ありがとう。ぜひ、聞いてみてくれる? また来るから。あと、この並びのほかの家にも、話を聞いてみようと思うんだけど、どうかな」
「まあ、いいんじゃないの? 特別ミセス・ダーシーと仲良くしてた住人がほかにいるわけじゃないから、たぶん新しい話は出てこないと思うけどね」
「うん、まあ、でも、一応ね」
「そうか。がんばりな、情報屋さん。じゃあ、また数日したら来ておくれよ。何か分かったことがあったら教えてあげるから」
ルーシェリアは話好きなふたりの女性と別れ、次なる扉へと向かった。
アンナの言った通り、ほかの家々をあたってみても、ふたりから聞いた以上の情報は出てこなかった。アルマン・タイラーもミセス・ダーシーも、それほど社交的なたちではなかったらしい。
家に来る客はほとんどおらず、静かにふたりで暮らしていたようだということ。ミセス・ダーシーが献身的に甥っ子の面倒を見ていたということ(彼の好物だからと言いながら市場で料理の材料を吟味していたという証言が複数得られた)。このあたりに住んでいる人間にしてはミセス・ダーシーの服装が質素だったらしいが、おそらくそれも甥のためだろうというのがもっぱらの評判だった。
地方から王都に出てきて暮らすだけで金もかかるし、ましてここらあたりは賃料の安い地域ではない。しかも音楽の勉強をしていたのなら、教師に払う月謝も馬鹿にならないだろう。そういう事情のため、自分のことはつつましく切り詰め、ひたすら甥の世話をしていたのではないかと。
「自分に子供がいないから、甥っ子が我が子みたいに可愛いんだって、言ってましたねえ」
そう言っていた住人はひとりやふたりではなかった。彼女が我が子同然に甥を可愛がり、大切に面倒を見ていたことはどうやら確かなようだ。そして、慌ただしく引っ越していったことも。
(何があって、そんなに急いで出ていったんだろう)
午前中いっぱいと午後の途中までかかってそのあたりの住人に話を聞いて回り、すっかり疲れたルーシェリアは、いつもより少しゆっくり歩きながら、今日得られた情報を頭の中で整理していた。
一番引っかかるのがそこなのだ。田舎に親戚などいないルーシェリアにはよく分からないが、普通、もし田舎で親戚が病気や怪我でのっぴきならない状態になったとしても、いきなり引っ越すだろうか。
まずは見舞いに駆けつけ、ある程度の事態の推移を見てから、引っ越すかそのままとどまるかを決めるものではないのだろうか。
もちろんその親戚が費用を払ってくれる保護者的な存在で、もう金を出せなくなったから引き払って来いと言われたという可能性はある。だが、隣人たちの話しぶりからも、ずいぶん唐突な引っ越しだったようなのだ。荷物を全部運びながら駆けつけるというのは、いささか不自然ではないだろうか?
「まるで夜逃げみたいなんだよね……もちろん、まわりにそうして事情を話してからいなくなったんだから、ほんとの夜逃げなんかじゃないけど」
借金取りから身を隠すための夜逃げなら、ルーシェリアのまわりにいくらでも実例があるからよく分かる。
本当の夜逃げはもちろん何も言わずにいきなり姿を消すものだから、今回のアルマン・タイラーたちのような例には当てはまらないのだが、その慌ただしさがどうも夜逃げを想起させるのだ。情報屋として働いてきたルーシェリアの勘が、どことなく違和感を訴えている。
自分が受けたその印象もちゃんと報告しようと心に留めつつ、今日の仕事はこれまでと、ルーシェリアは家路をたどった。




