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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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アルマン・タイラーの旧居へ 1

 翌日、ルーシェリアは再びあの住宅街のあたりをうろついていた。近所の住人に聞き込みをして回るべく、朝食を取るとすぐに自宅を出発してここまで歩いてきたのだ。

 ちなみにリドリーも同じくらいの時間にラウンティン行きの駅馬車に乗り込んでいる。コリン・ダンバーに話を聞きに行くためだ。

 そちらの成功を祈りつつ、自分のほうも頑張らなくてはと、このあたりの土地勘を養うべく歩き回って市場の場所などを確認する。


 南街区の貧相な(いち)とは異なり、このあたりの住人が買い物をするであろう市場は、広場の周辺にぐるりと店が並んでいるつくりになっていた。

 店の前には大きな(ひさし)が張り出していて、ちょっとした回廊のようになっている。雨の日でも買い物ができるようになっているのだ。

 そしてそういう店のほかにも、広場に屋台ができていて、そこにもたくさんの品物が並んでいた。品物も南街区よりずっと種類が多くてより質がいい。

 こういう店に(おろ)せるほどの出来ではない品物や、売れ残って新鮮さを失ったものが南街区に運ばれて、そこでもっと安い値段で売られることになる。こちらのほうが質がよくてそのぶん高価なのは当然だった。


 午前中は市場が最もにぎわう時間帯だ。朝食とその片づけを終えた主婦や使用人たちが、買い物にいっせいに繰り出してくるからである。

 ルーシェリアは市場の雑踏を縫って歩き回り、活気に満ちたその雰囲気を楽しんだ。買い物ができるわけではないけれど、見て歩くだけでも楽しい。野菜や果物、肉、香辛料、穀物やパン……たくさんの店が並び、売り込みの声や客たちのおしゃべりが空気を震わせている。あちこちからいい匂いもしてきて、ルーシェリアは思わず鼻をひくつかせた。


(材料を売ってるだけじゃなくて、調理済みのものも売ってるんだな。まずい、おなかが減りそう)


 だいたい雰囲気は分かったからそろそろタイラーの家のほうに行こうと、ルーシェリアはそそくさと広場から退散し、てくてくと通りを歩いた。


 アルマン・タイラーの部屋だったところの両隣からまずあたってみることにして、扉に取り付けられたノッカーをとんとんと打ちつける。

 左側のほうからは応答がなかったが、次に向かった右側の家からは反応があった。がちゃりと扉が開いて中年の女性が現れる。飾り気のない濃い色のワンピースに白いエプロン、シニヨンに結った頭を覆う白いキャップと、いかにも使用人らしい服を着ていた。


「なんの用?」


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、少しだけ、いいかな?」


「押し売りならお断りだよ」


 ぶっきらぼうにそう言って扉を閉めようとしたその女性に、ルーシェリアはすかさず「違うよ。横に住んでいた人のことを聞きたくて」と前に出る。女性の目が丸くなった。


「横の……?」


「そう。こっちの家に、しばらく前まで、アルマン・タイラーっていう人が住んでなかった? その人のことを聞きたいんだ」


「ああ、あの綺麗な兄さんのことか」


 その女性は納得したようにうなずき、「その兄さんならもちろん知ってたよ。たまに顔を合わせたから」とつけ加えた。


「ああ、よかった。実はちょっと依頼があって、その人を探してるんだ。ここに住んでるって聞いて来たんだけど、残念ながらしばらく前に引っ越しちゃったって……」


「そうだね。半年ほど前……いや、もう少し最近だったかな、なんか田舎に帰るとか言って、引き払っていったよ」


「田舎に帰るって? どこか知ってる?」


 思いがけず行き先の情報が得られるかと意気込んで聞いてみたものの、残念ながら女性は首を横に振った。


「どこかは知らないね。あっちも言わなかったし、あたしもわざわざ聞かなかったから」


「そうか……」


 やはりしょっぱなからそううまくは行かないものだ。ルーシェリアは気を取り直し、「ほかに何か言ってなかった? そもそも、どんな人たちだったの?」と少しでも情報を得るべく質問を始めた。


「それほど詳しく聞いたわけじゃないけど、田舎にいる親戚の誰かが病気になったから戻るとか、言っていたかねえ。横に住んでたのは、あんたが探してるアルマン・タイラーっていう歌手志望の青年と、その伯母さんだった。ミスター・タイラーのほうとはほとんどしゃべらなかったけど、彼の世話をしていた伯母さんのミセス・ダーシーとは時々おしゃべりしてたよ。同じような年頃だったもんでね」


「なるほど」


「彼は妹の息子で、音楽の勉強をしに王都に出てきたって彼女から聞いた。妹は家族の世話があって来られないから、夫に先立たれて子供もいない自分が代わりについてきたって。甥っ子をすごく可愛がって献身的に世話をしていたよ」


「へえ、そうなんだ」


 どこの屋敷の使用人も噂話は大好きである。熱を入れて聞いてくれる相手に対しては特に、驚くほどよくしゃべってくれるものだ。この女性もその例に漏れず、楽しそうに話している。



駅馬車は国内の都市や町を結んで走っていた、今でいう長距離バスのようなものです。鉄道が普及するまでは広く利用されていました。


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