アルマン・タイラーを追って 7
「何だい?」
「おまえ、あのお貴族様の何なんだい。あのお方の依頼で人探しをしているって、さっき聞いたけど」
「僕は情報屋だよ。今はあの公爵様のご用を務めてる」
そう言うと、ふたりは「情報屋か」と納得したようにうなずいた。
「あのお貴族様が依頼人ってわけか」
「そういうこと」
「あんなすごいお貴族様に依頼されてるってことは、あんたは年に似合わず凄腕なのかい?」
からかうような口調なのは、自分の年齢を考えれば仕方がない。ルーシェリアは「まあね」と笑ってみせた。
「凄腕だってことは否定しないけど、もちろん僕だけじゃないよ。10歳年上の兄さんがいて、ふたりで情報屋をやってるのさ。南街区のフォート兄弟っていうんだ、よかったら覚えておいて」
「フォート兄弟か。覚えておくよ。公爵閣下の御用達なんて凄いじゃないか」
「でしょ?」
ひょんなことから宣伝活動までできてしまった。きっとこの会話に店中の者たちが聞き耳を立てていることだろう。中央街区のこんな大きな店で情報屋フォート兄弟の名前を売り込めるとは嬉しい限りだ。
「何かご依頼がありましたら、南街区の居酒屋、雄羊亭へどうぞ。そこで僕たちと接触できるから」
「ははっ」
面白そうに笑って、大柄なほうの男がぱしんとルーシェリアの肩を叩いた。
「ガキのくせにしっかりしてるなあ、おまえ。さすがは公爵閣下が連れ歩くだけのことはある」
「お褒めいただき恐縮至極」
まじめくさって深々と礼をしてみせると、それがおかしかったのかもうひとりの男まで笑った。そして何か言いかけたとき、ふいに横の扉がまた開いて、ルーシェリアははっとそちらを振り返った。店員が開けた扉からティリアンが出てくる。
「待たせたな、ルーシェ。帰ろうか。……どうかしたか?」
ふたりの男に相対して立っていたルーシェリアを見て、ティリアンがわずかに瞳を細めた。男たちから守ろうとするようにルーシェリアの前に立ったティリアンの様子に、また何かされたのかとティリアンが誤解したのかもしれないと思い至り、急いで説明する。
「だいじょうぶ、情報屋のフォート兄弟のことを宣伝していただけだから」
「そうか」
ティリアンはほっとしたように少しだけ表情をゆるめた。そして後ろから部屋を出てきた商会長に向き直る。
「商会長、世話になった。これで失礼する」
「ははっ……どうもお役に立てませず……」
「いや、いい」
ティリアンは深々と頭を下げる商会長に見送られて店を出ると、後ろをついてきたルーシェリアに「馬車の中で説明しよう。おいで。途中まで送ってやるから」と手招きをした。
「え? 送ってくれるの?」
「ああ。屋敷まで戻ると君はまた延々と歩く羽目になるだろう。相談もしたい。中央街区の南端まで送る」
「あ、ありがとう」
ルーシェリアはティリアンの厚意をありがたく思いつつ再び馬車に乗り込んだ。がらがらと馬車が動き始めると、さっそくティリアンに「何か分かった?」と話しかける。
「結論から言うと、ほとんど何も。少なくともタイラーの行方については分からない」
「そっか……」
「分かったことは、あの部屋が5年ほど前からアルマン・タイラーの名前で借りられていたこと、2月下旬に契約の終了が申し出られたこと、住んでいたのはタイラー本人と家政婦らしき女性のふたりだったようだということ、それくらいだ。あと賃料も聞いたが、残念ながら私にはそれが相場としてどのくらいのものなのかが分からない。秘書に聞いてみるか」
金銭感覚が庶民とはかけ離れているであろうティリアンが、中央街区の貸家の賃料が普通いくらくらいなのか見当もつかないのは当然だ。自分に分かることでもないので、「それがいいと思うよ」とルーシェリアは彼の意見に賛成し、それからさっき考えていたことを伝えた。
「あのね、とりあえず、あの部屋の近所のひとたちに聞き込みをしようと思うんだ。5年も住んでいたのなら、隣人として仲よくなったりすることもある。使用人でもいたら彼らどうしの情報のやり取りはなかなかすごいことも多いからね」
「なるほど。それはいい考えだ」
「それから、彼が歌っていたという歌劇場にも行ってみる。何か知っているひとがいるかもしれない。リドリーに、もう一度コリン・ダンバーのところに話を聞きに行ってもらうのも、いいかもしれないね」
「歌劇場はいいが、ダンバーは、おそらく今の我々以上のことは知らないと思うぞ。引っ越したことを知っていればそう言うだろう」
「そうだよね……でも、このまえリドリーが行ったときは、きっとそれほど的を絞った質問はしていなかったと思うんだ。お兄さんがどういう人だったのか、どんなふうにお兄さんに仕えていたのか、交友関係はどんなものだったのか……総括的なことをひととおり聞いたはずだけど、逆に言えば、突っ込んだ質問もしていない。今ならもう少し掘り下げて聞けるんじゃないかと思う。タイラーのことと、あと、アリンガムや、えーっと……」
「ギブソンだな」
ティリアンの目についた反応をしたもうひとりの名前がとっさに思い出せなくて言葉を切ると、ティリアンがすかさず補ってくれた。「そう、その人」とうなずく。
「そういう人たちのことについて、もう少し詳しく聞けないかな。それから、お兄さんが殺される直前のことを、もう一度あらためて思い出してもらって、何かおかしな様子を感じたことはなかったか、聞いてみたいと思うんだよね。脅されているような気配はなかったか、とかさ」
ルーシェリアの言葉にティリアンはしばらく考え込んでいたようだったが、ややあって顔を上げ、「君の言う通りかもしれないな」とつぶやいた。
「本当なら私が直接出向いていろいろと質問をしたいところだが……」
「公爵様、忙しいでしょ。それに、あなたが直接行って問いただしたら、あっちは絶対にかしこまっちゃって、言いたいことがあっても言えないと思うよ」
こんないかにも身分のありそうな目立つ人間に店に乗り込まれたら、きっとダンバーは生きた心地がしないだろう。ルーシェリアのそんな内心の危惧を感じ取ったのか、ティリアンは苦笑して「分かった」とうなずいた。
「私よりもリドリーに対してのほうが口を開きやすいというなら、私は行かないほうがいいのだろうな。おとなしくリドリーの報告を待つとしよう」
「うん。あなたは引き続き、お兄さんの友人のほうを調べてみたらいいんじゃないの。そっちは僕たちにはどうにもできないから」
「ああ……だが、今すぐ焦ってつつくのはやめようと思っているのだ。もう少しこちらの手札が揃ってからのほうが話もしやすい。今はあまりにも手持ちの情報が少なすぎる」
「分かった。それじゃ、僕たちはとにかくタイラーについての情報を集めるよ。リドリーにもラウンティンに行ってもらう。経費は請求するけど、いいよね?」
「もちろん」
ティリアンは少し笑い、「君は本当にしっかりしているな」とルーシェリアを見つめた。
「そ、そう?」
思いがけず褒められて、嬉しくなる。いつも表情をほとんど変えなかったこの依頼人が、気がつくとなんとなくこうして微笑んだり、さっきみたいにルーシェリアのことを気遣ってくれたりするようになっていることも嬉しい。お互い、少しずつうちとけてきているということなのだろう。ルーシェリアはそんな気持ちをこめて微笑みかけた。
「ありがとう。その評価に応えられるように、がんばるね」
「ああ。期待している」
ふたりは穏やかな雰囲気の中で微笑みを交わし、あとはくつろいだ沈黙のなか、それぞれのやるべきことに考えを巡らせた。




