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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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アルマン・タイラーを追って 6

 商会長のかたわらに立ったハドソンは、ティリアンの視線を受け止めかねて下を向いている。ティリアンが「この少年に見覚えはあるな」と尋ねると、びくっと肩を揺らした。


「は、はい」


「先ほど、こちらに来ただろう。私の依頼で人探しをしていて、ここで聞きたいことがあると言って」


「……はい」


「だがそなたはこの少年の言葉に耳を貸そうともせず、殴りつけて追い出した。その通りだな?」


「……」


 ハドソンは返事をする代わりにいっそううなだれた。


「この少年に何も教えなかったことを(とが)めるつもりはない。私の命で動いているという証拠もない以上、信じるに足りないという判断を下したことは別に間違ってはいない。だが、だからといって、こんな子供を問答無用で殴りつける必要などないはずだ。教えられないから帰れと言うだけでよかった。そなたがしたことはただの弱い者苛めだ」


「……」


 商会長は、淡々とハドソンを糾弾(きゅうだん)するティリアンを驚いたように見つめていて、それはルーシェリアも同様だった。まさかこんなふうに自分の受けた行為について正面から抗議してくれるなど思ってもみなかったから。


「う、うちの店員が、まことに申し訳ございませんでした」


 驚きから立ち直ったらしい商会長が、うなだれたハドソンの代わりにティリアンに頭を下げた。

 ティリアンは商会長の謝罪にかすかにうなずき、「ハドソンとやら、そなたはこの子に謝罪する必要があるはずだが」と言葉を続ける。ハドソンがちらりとルーシェリアに視線を向けた。そして、絞り出すように声を発した。


「……悪かった、ぼうず」


 実際に反省しているわけがないとは思うが、ティリアンの前で「俺は悪くない」などと言えるはずもなく、ひとまず謝罪することにしたのだろう。ルーシェリアがうなずくと、ティリアンは「今後、自分より弱い者だからという理由だけで暴力を振るうことはやめるのだな」と冷たく告げ、そして商会長に目を向けた。


「最初の用は終わった。次は、こちらの商会に少々聞きたいことがあるので、しばらく時間を取ってもらいたい」


「はい、どうぞこちらへ」


 商会長が、今度こそといったふうにティリアンをいざなう。別の店員が左側の扉をさっと開けた。込み入った商談の相手や高位の者を招じ入れるための個室だろう。

 ティリアンは、がっくりとうなだれているハドソンにはもう一瞥(いちべつ)もくれずにそちらへ歩いていった。ルーシェリアもとりあえず続いてみる。

 部屋に入ろうとしたティリアンに、「僕はここで待ってるよ」と告げると、ティリアンはうなずき、「すぐに戻る」とルーシェリアの頭をぽんと叩いて中に入っていった。


 ティリアンが商会長と一緒に部屋に入り、その扉が閉められると、店内はようやくまた動き出した。

 店員たちも客たちも、ときおりちらりとこちらに――部屋の扉と、そのそばに立つルーシェリアに――視線を投げつつも、商談やおしゃべりを再開している。

 身の置き所がないといった風情で立っていたあのハドソンも、重い足取りでカウンターの向こうへ戻っていった。


(公爵様がいなくなって、魔法が解けたみたいだな、まるで)


 唯一解けていないのがハドソンだろう。自分にはあれほど居丈高(いたけだか)だった男が、しゅんと肩を落とし、見る影もない。

 弱い者に高圧的にふるまう人間ほど、強い相手にはうってかわって卑屈になるものだ。彼をやり込めたのはティリアンであってルーシェリアではないから、別に得意な気持ちになったりはしないけれど、いい気味だとちらりと思ったのは否定できなかった。


(それにしても、さっき店に入ったとたんに店内の空気を完全に変えた公爵様の存在感は、つくづくすごかったなあ)


 さっきの様子を思い出してつい笑ってしまいそうになり、慌てて口もとを引き締める。

 ティリアンは、きっとどこにいてもあんな感じなのだろう。たとえ着ている衣服が貴族のものでなかったとしても、彼が他人に与える影響は変わらないような気がする。ぎらりと光をはじく長剣を目にすれば誰もが畏怖を覚えるように。


 そんなことを考えていると、ふいに扉が開いてひとりの店員が出てきた。小走りでカウンターの奥へ行き、壁際の棚をちょっと眺め、一冊の分厚い台帳を抜き出して抱えるとまた戻ってきて部屋に入っていく。

 おそらくアルマン・タイラーが部屋を借りたときの記録か何かをティリアンに見せるためなのだろう。何か手がかりが見つけられたらいいのだけれど。タイラーを追えなくなると、調査が暗礁に乗り上げかねない。


(そうだ。あの部屋の周りの住人たちに、聞き込みをして回ろう)


 親しくなった隣人に、引っ越しの際に行き先を告げていくという例は珍しくない。そこまで直接的な情報でなくても、どんな断片的な情報であれ、ないよりはあったほうがいいに決まっている。

 明日さっそくそれを実行しようと決め、それからほかに情報を得られそうな場所を考える。思い浮かぶのはタイラーが出演していたあの歌劇場だ。何か彼について知っているひとがいないだろうか。


(でも、あの支配人が教えてくれた住所は古いものだった。ということは、引っ越してからはタイラーはあそこに出演してはいないということだよね。引っ越した時期がいつなのか、詳しいことはまだ分からないけど、お兄さんが死んでしまって後援者がいなくなり、舞台にも出演していないとなると、彼はどうやって生計を立てているんだろう……?)


 もしかしたらランドールのほかにも後援者がいて、今はそちらに頼っているのだろうか。愛人として別の相手に囲われてでもいるのなら、引っ越したというのも納得がいくけれど。


 いろいろと思いを巡らせていると、大柄な男性と中肉中背の男性がふたり、じっとこちらに視線を注いでくるのに気づいた。ルーシェリアと目が合うとかすかに会釈してそばにやってくる。


「なあ、ぼうず。ちょっといいか」


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