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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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アルマン・タイラーを追って 5

 ティリアンが扉を開け、中に入っていく。その後ろにいたルーシェリアは、店内の人々がティリアンを見ていっせいに息を呑んだのを目のあたりにした。

 店員も、居合わせた客も、一様(いちよう)に目を見開いて彼を凝視している。彼の圧倒的な存在感が一瞬で店内を支配するさまをルーシェリアは興味しんしんで眺めた。


(やっぱり、公爵様は貴族の中でも特別だよね)


 どんな貴族でもこんなふうに周囲を圧倒するほどの威圧感を持っているわけではない。ティリアンの冷たく冴えた美貌、鍛えられた長身、他人を従えることに慣れた雰囲気、そして何よりも、彼だけが持つ、どこか危険な気配――貴族らしい服装と優雅な所作の奥にかいま見える、抜き身の(やいば)のような鋭さが、彼に特別な輝きを与えているのだ。ほかの誰であろうと、彼と同じようにはできないに違いない。


 ティリアンはおもむろに店内を見回し、「商会長はいるか」とそばにいた店員に尋ねた。


「は、はいっ、呼んでまいります」


 まだ名乗りもしていないというのに、ティリアンのまとう雰囲気に完全に気圧(けお)された店員は、平身低頭せんばかりの勢いでお辞儀をし、カウンターの奥にすっ飛んでいった。

 その動きをなんとなく目で追ったとき、さっきルーシェリアを殴ったひょろりとした店員がカウンターの向こうにいることに気づいて、思わず「あっ」と小さな声を上げる。「どうした?」とティリアンが振り返った。


「いや、なんでもないよ」


「なんでもなくはないだろう。どうしたのだ」


 追及されて仕方なく「さっき僕を殴ったやつがあのカウンターの奥にいたから、つい……」と小声で説明すると、「どの男だ」とさらに尋ねられた。


「えーと、あのひょろっとした中年の男だよ。店員の制服を着ていて、左の方から数えたら4人目にいる……」


「ああ、あの男か。分かった」


 うなずいたティリアンは、店中の注目を集めていることをまるで気にしていないようだった。きっと、こんなふうに見られることに慣れているのだろう。

 出自のうえでも、容姿からしても、彼は人目を引かずにはいられないはずだ。いちいち気にしていてはとても日常生活など送れないのかもしれない。


 カウンターの奥にはもうひとつ扉があって、さっきの店員はその扉を開けて奥へ消えていった。

 その扉はほどなくまた開けられ、今度はふたりが出てきた。呼びに行った店員と、別の男だ。その恰幅(かっぷく)のいい初老の男が、きっと商会長なのだろう。

 彼は入り口の前にたたずむティリアンを見て目を見開き、体格のわりに機敏な動きで慌ててこちらにやってきた。


「あの、どうもお待たせいたしました。わたくしがこのラウリア商会の商会長でございますが、あなたさまは……」


 すらりと背の高いティリアンに比べると、商会長の頭はティリアンの肩ほどまでしかない。抜け目なくティリアンの全身に走った視線が、彼の素性をある程度正しく読み取ったことを示していた。

 まあ、このティリアンを見て貴族だと思わない者はいないだろう。彼が平民に見えたとしたらそっちのほうがどうかしている。


「私はリールズ公爵ティリアン・アースターだ」


 短い名乗りではあったが、商会長はまるで銃撃でも食らったかのようによろめき、目を()いた。リールズ公爵といえばこの国でも指折りの富と権勢を誇る一族の当主であるわけで、そんな雲上人(うんじょうびと)がまさかこんなところに来るなど、考えてもみなかったに違いない。


「り……リールズ公爵閣下でいらっしゃいましたか……いったいどのようなご用件で……? ああ、どうぞこちらにお越しください……」


 まるまると太った顔に血がのぼり、上ずった声になった商会長が、ティリアンを左手の壁にあった扉のほうに導こうとする。

 そちらに2、3歩足を踏み出したティリアンは少しカウンターに近づいたところで止まり、「それはそうと」と何気なく口を開いた。


「先ほど、この少年を使いに寄こしたのだが、彼は私の名前を出したにも関わらず、ここの店員にすげなくあしらわれ、あまつさえ顔を殴られて帰ってきた。それについての申し開きを聞きたい」


「……はっ!?」


 商会長の視線が初めてルーシェリアに向けられた。ティリアンの背後にいた小柄な少年に今までかけらほどの意識も向けていなかったのは確実で、せわしなくティリアンとルーシェリアとを交互に見たあと、「わ、わたくしは何も聞いておりませんが」と答える。


「応対したのはその店員だそうだ。彼をここへ」


 ティリアンがひょろりとした店員を指さした。彼のほうはさっきからルーシェリアに気づいていたらしく、顔色が蒼白になっている。まさか本当にルーシェリアがリールズ公爵の命を受けていたとは思ってもみなかったのだろう。

 殴って追い出したはずの少年が、なんと名前を出した公爵本人を連れて戻ってきたのだから、肝をつぶしたに違いない。


「ハドソンでございますか。かしこまりました。ハドソン、ちょっとこちらに来い!」


 のろのろとやってきたそのハドソンなる男は、ルーシェリアを殴ったときの勢いはどこへやら、恐怖に縮み上がっていた。ティリアンと商会長だけでなく、ほかの店員も、居合わせた客も、全員がこちらに注目しているのだから、無理もない。


 商談していたはずの客と店員も、おしゃべりに花を咲かせていたはずの女性客たちも、今は誰ひとりとして話している者はおらず、みな期待に満ちた沈黙のうちに事態の推移を見守っている。彼らにしてみれば、日常に突然おとずれたまたとない幕間劇(まくあいげき)なのだ。


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