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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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リールズ公爵邸への訪問 3

 横でリドリーもパンを食べていた。「うまいな、これ」とルーシェリアにささやく。


「うん、ものすごく」


 ルーシェリアの食べる手は止まらない。ふたりがお茶とパンを堪能している様子を穏やかに眺めつつ、ティリアンも自分の分をせっせと平らげていた。


「朝が早いから、これくらいの時間になると腹が減って困る。ちょうどそろそろ休憩しようと思っていたのだ。よいときに来てくれた」


「こちらこそ、ご相伴(しょうばん)にあずかり恐縮です」


 お茶を飲み終えたリドリーが頭を下げた。ルーシェリアも感謝を込めてうなずく。今までいろいろな依頼人がいたが、お茶をふるまってくれた貴族など初めてだった。初対面のときの悪印象を帳消しにしてあまりあるこの好待遇に、いまやルーシェリアの彼に対する評価は依頼人史上過去最高のものとなりつつあった。


「いや、私もひとりで食べるより楽しかった。……そなたたちは本当においしそうに食べてくれたしな」


 こんなものを貧民街で口にできるわけがないのだからおいしく食べるに決まっているのだが、文句をつけるつもりなどない。帽子のかげからルーシェリアの満足げな表情がうかがえたのだろうか、ティリアンの冷徹な表情に一瞬、どことなく微笑ましそうな光がよぎった。


「……さて、落ち着いたところで本題に入ろう」


 ルーシェリアがお茶を飲み干してカップを置いたところで、ティリアンがそう切り出した。


 その言葉にふたりとも姿勢を正し、リドリーは鉛筆をかまえる。最近出回るようになった便利な筆記用具だ。


「兄上の年齢と、亡くなった日付をまず教えてください。そして、発見されたときの状況を」


 リドリーが促す。


「兄は30歳だった。発見されたのは4か月ほど前の2月20日の朝だ。憲兵局によると、殺されたのは前夜だろうとのことだった」


 ティリアンが淡々と説明する。リドリーはせっせとメモを取り、ルーシェリアは内容を頭の中に刻みつけるようにして聞いていく。


「兄は背後から鋭利な刃物で刺されたようだ。傷は1か所。その背中からの傷が心臓を貫通し、即死だっただろうとの見立てだ。このことは最初のうちは知らなかった。私が知らせを受けて任地から戻ってきたときにはもう葬儀も終わっていて、兄のことは夜に外出したさいに強盗に遭って殺されたとしか聞かされなかったから」


「そうなのですね。ところが……」


「この屋敷で書き付けが見つかって、もしや兄の死について不審なところがあるのではと思い、憲兵局で資料にあたって初めてその事実を知った」


 ルーシェリアは顔をしかめた。苦しまなくて済んだのはわずかな救いだろうが、肉親がそんなふうに命を絶たれるのはやり切れないだろう。それに……


「それは物盗りじゃなくて殺し屋だと思う。少なくとも相当殺しに慣れてる」


 ルーシェリアの言葉に、ティリアンは「なぜそう考えた?」と尋ねた。


「2月の夜に出歩くならいろいろと着込んでいるよね。マントとか、コートとか。その上から、しかも後ろから、致命傷になる場所をきっちり狙って一突きで仕留めているんだ。素人とは思えない」


「そうだな、私もそう思う」


「それに、ほんとの物盗りならそんな傷はつけない。服を()いで売ることができなくなるから。殺すにしても、頭を殴って昏倒(こんとう)させてから首を絞めて殺すのが、そういった連中の正しいやり方だよ。そうすれば服も綺麗なまま残るから、身ぐるみ剥いで売れるんだ」


「……なるほど。それは考えていなかった」


 ティリアンは顔をしかめつつも、感心したようにルーシェリアを見た。


「君は頭のいい子だとハーディスが言っていたが、確かにそのようだな」


「……こんなこと、貧民街で暮らしてる人間なら常識だよ」


 思いもよらなかった褒め言葉に面食らいながらルーシェリアは視線を逸らす。


「なくなっていた持ち物などは?」


 リドリーが質問する。


「財布と……たぶん、指輪も。私に分かるのはそれだけだ」


「特徴を教えてください」


「財布は、男が持つような普通の黒革のものだ。所持金がいくらだったのかは不明だが、まあさほどの大金を持って出たわけではないと思う。指輪は……」


 ティリアンは少し言い淀んだ。


「その日につけていたかどうかは確証はない。ただ、遺されたものの中にそれがなかったから、その日身につけていて失われたのかと判断したまでだ。紫水晶を()めた金の指輪で、さほど高価なものではないが、兄は祖父から譲られたものだと言って大切にしていた」


「どんな形の指輪か、ここにちょっと描いてもらえませんか」


「分かった」


 リドリーが鉛筆と反故紙(ほごし)の束を渡すと、ティリアンはさらさらと絵を描いてみせた。羽を広げた蝶の胴体部分に紫水晶が嵌まっている独特な意匠だ。


「この絵の感じだと、石はつるんとしたカットですかね。紫水晶にしては珍しいような」


「ああ……確かに、言われてみればそうかもしれない。私は子供のころから見ていたので見慣れていたが……」


「絵がうまいね、公爵様」


 横で見ていたルーシェリアは感心した。彼には絵心があるようで、指輪の絵もずいぶん上手に描けている。本物の指輪を見たことがある者なら、この絵を見たら絶対にぴんと来るだろう。


「この絵はいただいていきます。故買屋などをあたってみたいので」


「もちろんだ、よろしく頼む」


 絵を(ふところ)にしまったリドリーは、今度は「ルーシェに見せた、兄上が遺されたという書き付けを見せてください」と頼んだ。ティリアンがポケットから紙片を取り出す。


「これは、この部屋ではなく、兄の寝室の引き出しから見つかった。引き出しの隅に引っかかっていたのだ」


 リドリーはそれを受け取り、じっくりと眺めた。手帳からちぎり取られたような紙片に、「2月19日 夜 ジイドの居酒屋横の路地」と走り書きがしてある。


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