アルマン・タイラーを追って 3
「まあ、最初っからなんとなく嫌な予感はしてたんだ。これまでの情報屋としての経験からいうと、その商会みたいな大きな店は、金持ちにはへつらうけど貧乏人には高圧的なんだよね、だいたい。予想通りだっただけだ」
「……そうか」
「あなたなら店の人間を呼びつけることだってできるよね。それとも、公爵家のお仕着せを着た従僕でも派遣すれば、ぺらぺらしゃべってくれるんじゃないのかな。だから、ラウリア商会から情報を引き出すのはあなたに任せるよ」
「分かった」
ティリアンはうなずき、卓上のベルを鳴らして使用人を呼んだ。
「ジョアンを呼んでくれ」
「かしこまりました」
廊下で待機していたとおぼしき従僕がきりりとお辞儀をして去っていく。
自分の言葉ひとつでおおぜいの人間を思いのままに動かす立場というのはいったいどんな感じなのかな、とルーシェリアはちらりとティリアンに視線を投げた。
生まれながらにして他人からかしずかれる境遇にあり、それを当たり前だと思って生きてきた人間。そんな立場にいるのはどんな気分なのだろうか。想像しようにも、あまりにも自分とはかけ離れすぎていて、想像のしようがなかった。
「お呼びでございますか」
執事のジョアンはすぐにやってきた。ティリアンが立ち上がり、「ああ。少し出かけるから、馬車の用意を。2頭立てのほうでかまわない」と告げる。
「かしこまりました。どちらへ?」
「中央街区だ。場所はこの子が知っている」
え、とルーシェリアははじかれたように顔を上げてふたりを見た。
「僕?」
「もちろん。君はラウリア商会の場所を知っているのだろう?」
「そりゃあ、さっき行ったばかりだから、知ってるけど……今から行くの? しかも公爵様が自分で?」
「聞きたいことを聞くには自分で行くのが一番だろう」
「それはそうかもしれないけど……」
「君にも来てもらう。御者に場所を教えてくれ」
「……ぼ、僕も!?」
急展開についていけないルーシェリアを置いて、ティリアンは「着替えてくるから少し待っていてくれ」とだけ言い残してジョアンと一緒に部屋を出ていってしまった。空のカップと空の皿を前に、呆然としたまましばらく待つ。
(実は公爵様って、けっこうせっかちなのかな? やたら行動が早いんだけど。それに、君にも来てもらうって言われても、困るんだけどな)
商会の場所だけ教えて、どこかでおろしてもらうとしよう。さすがにあの店に何度も足を運びたいとは思わない。
そんなことをつらつら考えながら待っていたルーシェリアのところに、しばらくしてティリアンが戻ってきた。
「待たせたな。行こうか」
「う、うん」
外出用の服とやらに着替えたティリアンは、頭の先から爪先まで『お貴族様』そのものだった。
白いシャツとクラヴァット、黒のウエストコートと上着、同じく黒いトラウザーズ、磨き込まれた黒革の膝丈ブーツ。そして肩に引っ掛けるタイプの黒いマント。まったく華美な服装ではないのに、彼が着ているとやたらとかっこよく端正に見える。
極上の生地と仕立てであることが分かる衣服のせいなのか、均整の取れた長身のせいなのか。それともこれが生まれ持った貴族の雰囲気というやつなのだろうか。
(こんな客が現れたら、あのラウリア商会も大慌てだろうな)
そう思ってくすりと笑みをこぼすと、ティリアンはいぶかしげに片眉を上げたが、「おいで」とだけ言って身をひるがえした。
廊下を歩くティリアンの後ろについてとてとてと歩き、玄関ホールとおぼしき広い空間まで来る。
真っ白な石がホールの床に敷き詰められていて、自分はこの上を歩いていいのかと、ルーシェリアは思わず足を止めてしまった。床の表面は怖いくらいぴかぴかでつるつるしていて、まるで分厚い氷みたいだ。当然ながらティリアンは歩みを止めず、足音を響かせてその上を歩いていく。
ホールの反対側には巨大な玄関扉があり、そのずっと上の方の壁には丸い大きなステンドガラスが嵌め込まれていて、そこからホールへさまざまな色の光が降り注いでいる。その光は真っ白な床にきらきらと跳ね、踊っていて、まるで色とりどりの光の洪水のようだった。
(なんて綺麗なんだろう……)
思わず見とれてしまったが、そのあいだにもティリアンはどんどん先へ行ってしまう。玄関扉の前にはジョアンが控えていて、ティリアンが近づいていくとさっと扉を開けた。
いつもはルーシェリアは裏側の使用人用の通路へ行くから、玄関ホールを目の当たりにしたのは今日このときが初めてだった。リールズ公爵邸にふさわしい壮麗さにあらためて圧倒され、足が動かない。
今日はティリアンと一緒なので、自分も後について正面のこの扉から出ればいいのだろうか。それとも自分だけ使用人用の出入り口に行くべきなのだろうか。まごまごしていると、外に出ようとしていたティリアンが振り返った。
「どうした、ルーシェ。早く来い」
「あの、僕もそこから出ていいの?」
「目の前に馬車があるのだ、わざわざ大回りしてくる必要などなかろう」
扉の向こうに見える玄関先の車寄せには、ルーシェリアが見たこともないほど豪華な馬車が待ち構えていた。
黒塗りの車体には華麗な紋章が描かれている。模様のある盾のような形のものを両側にいる竜と一角獣が支えている意匠だ。盾の下にはルーシェリアの分からない言葉で何かが書かれていた。
馬車の前には双子のようにぴったりと揃った2頭の馬がつながれ、出発を待っている。一瞬うっとりとその馬に見とれてからはっと我に返り、ルーシェリアは慌てて小走りでティリアンのもとに駆け寄った。
「す、すごい馬車、だね」
ジョアンがさっと開けた馬車の扉からは、いかにも贅沢そうな内部も見えている。ティリアンはルーシェリアを御者のもとに連れていき、「行き先を説明してくれ」と言った。
動揺したままではあったがなんとか商会のある場所を説明すると、今度は「では行くか。おいで」とティリアンはさっさと馬車に乗り込んだ。
「え……ええっ!? 僕もそこに乗るの!?」
「馬車に乗らずにどうやって同行するのだ」
「いや、でもさ……!」
貴族のことなんてほとんど何も知らないルーシェリアでも、この馬車は自分などが乗っていいようなものでないことくらいは分かる。
途方に暮れて助けを求めるべくジョアンを見たが、彼もわずかに苦笑を浮かべるだけで何も言わない。主人であるティリアンがそう言っている以上、自分が口を出すことはないということなのだろう。ルーシェリアは困り果てた。
しかし、ティリアンがじっと自分を見ていて、ジョアンも扉を開けたまま待機している。自分が乗らない限りこの馬車は動かないようだ。諦めたルーシェリアはこわごわと近づき、用意されていた踏み台をのぼって車内に乗り込んだ。
ティリアンが反対側の座席を指さして、「そこに座ってくれ」と言った。おそるおそるルーシェリアが腰を下ろしたのを待っていたように扉が閉められる。
やがてがたんと車体が揺れ、馬車が動き出した。




