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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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アルマン・タイラーを追って 2

「君のような子供を殴りつけるなどとは……その店は店員をどう教育しているのだ」


「さあね。ネズミは追い払え、っていう教育じゃないの?」


「君はいっこうに動じていないようだが、腹は立たないのか? 君は理不尽な目に()ったのだぞ」


 ティリアンの言葉にルーシェリアは驚いて顔を上げた。


「僕が腹を立てるって?」


「そうだ。怒るのが普通ではないのか」


 どうやらティリアンはルーシェリアが殴られたことに腹を立てているようだ。ルーシェリアは目を丸くしてティリアンを見つめた。


「公爵様、もしかして怒ってるの?」


「当たり前だ。少し話を聞こうとしただけの君をいきなり殴るなど、おかしいではないか」


 ……なんとまあ。まさか公爵という立場にあるティリアンが、ルーシェリアのような貧民街の情報屋が殴られたからと腹を立ててくれるなんて、夢にも思わなかった。おかしくて笑いそうになってしまう。だが、嬉しくもあった。


「そんなことにいちいち腹を立てていたら南街区では生きていけないし、情報屋だってやってられないからね。でも、僕の代わりに怒ってくれたことには礼を言うよ」


「……」


 ティリアンはルーシェリアをまじまじと見つめ、そして「大人だな、君は」と苦笑した。


「別に大人なんかじゃないけど、南街区にいれば嫌でもこうなるって。人間が弱い立場の者にどれだけ暴力を振るえるものか、実例がそこらじゅうに転がってるんだから。僕だって何度も何度も痛い目に遭ってきたし、いろんな襲撃から逃れてきたわけだしさ。いちいち怒ってたら身が持たない」


「……そうか」


「そう。弱い者は強い者に食い物にされるのが南街区だ。食い物にされたくなければ、方法はふたつしかない。強くなるか、強い者から逃げるか。だから南街区の子供はみんなやたら逃げ足が速いんだよ」


「確かに、初めて会ったときの君もみごとな逃げっぷりだったな」


「……まあね」


 良好な関係を築けている今となっては、目の前のティリアンにあのときエールを浴びせてしまったことを申し訳なく思うくらいの気持ちはある。ばつの悪い顔になっているであろうルーシェリアを見て、ティリアンが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


(こういう笑い方もできるんだ、この人)


 美しいけれど冷たい彫像のような、ほとんど表情が動かない青年だと思っていたけれど、少しこんなふうに笑うだけでがらりと印象が変わる。意外な発見になんとなく嬉しくなってルーシェリアも表情をゆるめた。


 ティリアンは思っていたよりもずっと話しやすいし、なによりルーシェリアをちゃんとひとりの人間として扱ってくれている。貴族には珍しい、まともでいい人なのではないだろうか。今だって、ルーシェリアが殴られたことに腹を立ててくれているのだから。


「今も君はそんな危険の中で生きているのか?」


「危険といえば危険だけど、でも今住んでいる地域は、南街区の中ではかなりましなところで、中央街区の端っことそんなには変わらないんじゃないかな。だからずいぶん安心して暮らせてる。昔はもっとずっと南に住んでたから、それはもう……生き延びるのに必死だった。リドリーがいなかったらとっくにくたばってたよ」


 ぼろぼろの廃屋(はいおく)にもぐりこんで夜を過ごし、昼のあいだはリドリーにくっついて日銭(ひぜに)を稼ぐ彼の手伝いをしていた頃を思い出して、ルーシェリアは思わず顔をしかめた。

 親のいない浮浪少年には徒党を組んで掏摸(すり)やかっぱらいをしている子が多かったが、リドリーはその仲間に入ろうとはしなかった。そんなところにいても、寝床があるだけで他に何もいいことはないのだからと。

 危険を冒して多少の金を稼いでも上前(うわまえ)をピンハネされ、まとめ役の指示に従うことを求められ、そしていずれ、もっと悪質な犯罪に手を染めることを余儀なくされる、そうしたらもう抜けられなくなるからと言って、絶対にその手の少年団と関わろうとしなかった。


 リドリーの言葉は確かにそのとおりで、さすがの分析眼だと感心するが、成長した今ならルーシェリアにも分かる。リドリーがそういう少年団に入らなかった最大の理由は、自分がいたことだと。

 集団生活をしていれば、いずれ必ず、ルーシェリアが少年でないことが露見してしまう。そうなればどんな目に遭うか、あのときのリドリーには分かっていたのだ。だからけして彼らに近づこうとしなかったのだろう。

 

 一匹狼(ふたりだったから二匹狼と呼ぶべきなのだろうか)だったリドリーとルーシェリアは、大人だけでなく、そういう子供たちからも逃げなければならないことも多かった。

 幸いリドリーがもう大きくて力も強かったことと、南街区の住人としては珍しく読み書きができたおかげで字を書いたり代読したりという仕事を得ることができたのとで、なんとか最悪の時期――ルーシェリアがリドリーに拾われてからの数年間を生き延びることができたのだった。本当に、リドリーには感謝してもしきれない。


「まあ、僕のおいたちなんてどうでもいいでしょ。それより仕事の話をしよう。アルマン・タイラーの手がかりを求めて3つある歌劇場を回ってみたけど、彼が出演したことのある舞台は3つめの歌劇場だけだった。そこで役をもらっていたみたいだよ」


 話題を変えたルーシェリアにティリアンは少し目を細めたが、声に出しては何も言わず、黙ってうなずいた。


「そこで彼の連絡先を聞いたら住所を教えてくれたんだ。(いさ)んで行ってみたのに、その家には今は違う家族が住んでた」


「そうだったのか」


「うん。家があるあたりは、裕福とは言えないまでもそれなりに余裕のある暮らしをしてるような人間が住んでるって感じの地域だった。こぎれいな街並みでね。どのくらいのお金があればそのあたりに住めるのかはちょっと分からないけど」


「それは私にも分からないな。秘書か顧問弁護士にでも聞いてみるとしよう。それから?」


「目当ての家を尋ねたら、アルマン・タイラーじゃない若い女の人が出てきて、そこにそんな人はいないって言われたんだ。彼女の母親っぽい人も出てきてくれて、自分たちはまだそこに住み始めて3か月ほどだから、その人は自分たちの前にここに住んでたんじゃないかって教えてくれた。で、その家を管理してるっていうラウリア商会を教えてもらって、話を聞こうと思ったんだけど、けんもほろろに追い返されたってわけ」


「そうか」


 またティリアンが眉根を寄せる。


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