歌劇場を回る 3
残念なことに、2軒目にあたった歌劇場でも、アルマン・タイラーの名前は見つけられなかった。1軒目と同じような説明をして同じように資料室らしいところで調べてもらったのだが、彼の名前はここ数年のプログラムには見当たらなかったのだ。
3軒目は2軒目の歌劇場から遠く、そこまで行くと日暮れ前に家に帰りつけないかもしれないと判断したルーシェリアはいったんその日の調査を終了することにした。
そして次の日、昼前にいよいよそのロナージュ歌劇場にたどり着いた。
(ここで見つからなかったら、いきなり調査が頓挫するなあ。どうか見つかってくれますように)
そんなルーシェリアの祈りが通じたのか、ここでようやくプログラムにアルマン・タイラーの名前が見つかった。去年にこの劇場の舞台に立っていたことが判明したのだ。
調べてくれた男性によると、重要な役というほどの役柄ではなかったそうだが、それでもようやく見つけることができてルーシェリアは満足だった。
「あの、このひとの住所、分からないかな」
「どうかな。支配人なら知っているかもしれない」
この劇場の裏方として長く働いているというその男性は、タイラーのことを覚えていると言った。
「まだ若いが素晴らしい声の持ち主だった。しかもなかなかの美青年で、これは将来楽しみだなと思った記憶がある。支配人も覚えていると思うから聞いてみてやろう」
乗りかかった舟だと笑ったその男性は、ルーシェリアを連れて支配人室へ行き、タイラーのことを聞いてくれた。
「親戚が世話になったらしく探したいという者がいるらしい。去年の公演に出ているから、連絡先も分かると思うんだが、どうですかね」
「ああ、タイラーか……覚えとる、いい声をしていた。ちょっと待てよ、たしか書類の中にあったはずだ」
支配人は机の引き出しを開けてがさごそと何かを探していたようだったが、しばらくして目当てのものを見つけたらしく、一枚の紙を引っ張り出すと、別の紙に何かを書きつけた。
「ほら、ぼうず。これがアルマン・タイラーの住所だ」
「わあ、ありがとう!」
ルーシェリアは喜んでその紙を受け取った。人探しがうまくいくと嬉しいものだ。手伝ってくれたふたりに丁寧に礼を述べ、ルーシェリアはほくほくとロナージュ劇場を後にした。
(さて、次はこの住所がどこなのかを調べないとな)
あたりを見回し、少し歩いて辻馬車が停まっているところまで来たルーシェリアは、退屈そうに座っている御者に声をかけた。
「あの、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど、いいかな」
「……ああん?」
うさんくさげにルーシェリアを見下ろした御者は、金を持っていそうにない子供だと見なしたのだろう(その通りだが)、邪険に「客じゃねえんならあっちに行け」と手で追い払うしぐさをした。
「おまえみたいなガキに構ってる暇はねえんだよ、あっち行きな」
「そっか。ごめん」
冷たい対応にいちいち傷ついていては情報屋などつとまらない。ルーシェリアはさっさと退散し、別の人に聞こうとまた歩き出した。
3人目でようやく親切な相手に巡り合った。通りに面した店の前で掃除をしていた女性に、道を聞きたいんだけど、と言って教えてもらったのだ。
その住所ならだいたいこのへんだよ、と大まかな場所を教えてもらい、そちらに向かって歩く。
中央街区はとにかく広く、そして人間も建物も多すぎて、なかなか把握できない。もとの街並みがすっかり崩れてしまった南街区と違い、建国当時のちゃんとした計画のもとに作られたままの街区だから、区画や道が分かりやすいのが救いだ。
だいたいのところはまっすぐの道が直角に交差しているので、おもな通りを覚えればたいていのところには行けるのだった。
ひたすら歩いてタイラーが住んでいるという地区に入る。そのあたりは中心の賑やかな商業地区とは離れていて、裕福というほどではないけれど不自由なく生活を送れるといったくらいの人々が暮らしている地域のようだった。
道行く人々の服装もこぎれいで、ときおり小間使いと思われる女性も歩いている。ひとりふたりの使用人を置く程度の余裕はある家がそれなりにあるということだ。
(こういうところに住めるのは、歌手としてそれなりに稼いでいたからなのかな。それとも、公爵様のお兄さんから援助を受けていたからなのかな?)
歌手としてどのくらい稼げるものなのかがまったく分からないので、この疑問は自分では答えを出せない。リドリーだってたぶん知らないだろうし、ティリアンも知らないだろう。とりあえずその疑問は棚上げすることにして、その地区に並ぶ建物を見上げた。
「さて、ここからひとりを探すのか……」
3階建て、あるいは4階建ての石造りの建物がずらりと並んでいる。当たり前ながら南街区のみすぼらしい建物とは違って統一感を持って建てられており、通りの両側にそういう建物が並ぶ風景は落ち着いた上品なたたずまいだ。
貧民街である南街区との違いに苦笑しながら、ルーシェリアはその清潔感と生活感がいい感じに混ざり合った雰囲気をしばし楽しんだ。貴族や金持ちの豪華な屋敷が並ぶ北街区よりも、親しみやすくてよほどいい感じだ。
(いつかこういうところに住めたらいいな。リドリーとキリアと、そして生まれてくる赤ん坊と)
南街区は過酷な場所だ。ごろつきや酔っ払い、掏摸、娼婦たちであふれ、子供たちはたいていひもじい思いをしているか、大人たちに食い物にされている。
まともな仕事をしようと思ってもなかなかそんな仕事はなく、仕方なく後ろ暗い商売や自らの身体を売る仕事に手を染めて身を持ち崩していくのだ。そしてそんな生活の憂さを晴らすために酒浸りになっては自分で自分を狂わせていく。
いまルーシェリアたちが住んでいる場所は南街区の中でもいっとうましな地区で、南街区にしては治安も悪くない。だがやはり南街区であることに変わりはないから、できることなら中央街区のこんなところに住みたいものだと思う。リドリーとキリアが赤ん坊を育てるにもこちらのほうがいいに決まっている。
だが、それはまだまだ手の届かない夢だ。ルーシェリアは頭を切り替えて仕事に戻った。
やみくもに歩いていても分からないだろうと、また誰かに聞いてみることにする。しばらくのんびり歩き、買い物から戻ってきたとおぼしき中年女性を見つけて声をかけた。
「あの、すみません。この家を探してるんだけど、このあたりかな?」
人懐こい笑みを浮かべたルーシェリアにその女性も警戒心を解いたらしく、「なんだい?」と言って近寄ってきてくれた。




