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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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歌劇場を回る 2

「歌手を探してるって?」


「人探しを依頼されて、調べているところなんだ。確実にここで歌っていたかどうかはわからないけど、若くて才能のある男性歌手だと聞いているから、この舞台に立ったこともあるかもしれないと思って」


「ということは、ここ数年の、最近の話ってことだよな」


「うん。昔の話じゃない」


「だったら分かると思うよ。舞台の記録は全部取ってあるから」


 おいで、と言うとその青年は立ち上がり、ルーシェリアが入ってきたのとは別の扉からその部屋を出て、またしばらく歩いた。そしてとある扉の前で立ち止まる。

 扉は半開きになっていて、青年は「入りますよ」と声をかけてからそこに足を踏み入れた。ルーシェリアも少しだけ中に入る。


「どうした」


 中年男性の野太い声が中から響く。その部屋には立派な書斎机やソファやらローテーブルやらが置かれ、壁際の棚にはよく分からない胸像や謎の置物が色々と置かれていた。書斎机の奥にどっかりと腰を据えている男が顔を上げてこちらを見ている。


「この劇場に出演したことがあるかもしれない歌手を探してるっている子が来てるんですが、資料をあたってやってもいいですかね」


 この子なんですけど、とルーシェリアを指さす。ルーシェリアはぺこりと頭を下げた。


「まあ、おまえがちょっとやってくれるくらいで済むなら、いいんじゃないか? ぼうずの親戚かなんかか?」


「違うよ、人探しの依頼を受けてるんだ。親戚が世話になったから探したいって」


 微妙に違うような気もするが、まあ本質的にはそれほど間違っていないだろう。ふむ、とその男性はうなずいた。


「悪いことをしでかした相手を探してるってわけではないんだな?」


「むしろ逆かな」


「そうか。だったら、探してやりなさい。相手も喜ぶかもしれん」


 そう言うと男はまた机の上の書類に目を落とした。用事は終了ということなのだろう。

 青年は「許可が下りたから、資料室で探してやるよ」とルーシェリアを連れてさらに別の部屋に向かった。向かった先の部屋の扉にはたしかに『資料室』とプレートがかかっている。


「ここはこれまでに公演した演目のプログラムや楽譜なんかの資料をまとめて保管してあるんだ」


 狭い部屋にぎっちりと書棚が詰め込まれ、書類とおぼしきものから冊子のようなもの、本や大型の書類挟みなど、火事になったらあっという間に灰になりそうなものばかりがその棚に押し込まれている。

 青年はその棚の一画に歩み寄り、これだな、と言いながら書類挟みをいくつか取り出した。


「君が探しているのは何歳くらいの歌手なの? 名前は?」


「年ははっきりわからないけど、まだ若いと聞いてる。名前はアルマン・タイラー」


「ふむ……少なくとも僕は知らないな。本当に、こういう劇場に出たことのある歌手なのかい?」


「ここかどうかは分からないけど、確かに出たことはあるみたいだよ。後援していた人が、花束を持って見に行ったという話を聞いたから」


 ティリアンから聞いた話を思い出して答えると、青年は「そうか……」とプログラムをめくり始めた。


「テノールかバリトンか、分かる?」


「いや……それは、ちょっと……」


 そもそもその言葉が何のことなのかまったく分からない。しまったな、と思いつつ、「それが分からないと困るの?」と聞いてみる。


「それほど困らないけど、役柄でどっちの声なのかはしっかり決まっているからね。探す場所が少し増えるということになる」


「そっか。ごめんなさい」


「いや、いいよ。まだ若いんなら、ここ4、5年分を見ればいいだろうし、それほど手間じゃない」


 青年は手際よくプログラムをめくって順番に調べてくれていたが、しばらくしたあと「ないな」と手を止めた。


「5年分のプログラムを見たけど、そういう名前の歌手が出演しているオペラはなかった。俳優じゃなくてオペラ歌手なんだよな?」


「うん、歌手だって聞いたから、それは確かだと思う。そっか、ここに出演してるんじゃないのか……」


 ルーシェリアががっかりしているのに気がついたのだろう、青年はぽんと頭を叩き、「ほかのところかもしれないから気を落とすなよ」と励ましてくれた。


「そうだね、ありがとう。あとほかにいくつくらい、こういう劇場があるの?」


「北街区の王立歌劇場を別にすると、あとふたつだな。もっと小さい規模の劇場はもちろんもっとあるけど、まがりなりにもオペラらしきものができる劇場だと、うちを入れて3つくらいだから」


 ディエリアは伝統的に音楽や演劇などの舞台芸術が盛んな国で、大きな街には必ず劇場があるそうだ。王都はやはり人口もほかの街とはけた違いだから劇場もたくさんある、とその青年は教えてくれた。


「ほかの国からこの王都に留学して音楽を学ぶ者も多いんだよ。貴族や大商人なんかの金持ちも、芸術に理解があって金を落としてくれることが多い。芸術を(こころざ)す人間にとっては、ほかの場所よりも生きやすいだろうな」


「そうなんだ。じゃあ、ほかのところも探してみるよ。ありがとう」


 ルーシェリアは心を込めて礼を言い、念のためにとほかの歌劇場の名前と場所を教えてもらって紙の束に書きつけると、青年に案内してもらって建物の外に出た。


「じゃあな。探してる相手が見つかることを願ってるよ」


「ありがとう」


 最初の劇場は空振りに終わったが、あとふたつの劇場を回ればいい。

 ルーシェリアは少し歩いて小さな広場を見つけ、すみっこに座ってポケットに入れてきたパンを取り出して食べた。キリアが焼いたパンを洗いざらしの布に包んで持ってきたのだ。食べ終わるとパンくずをそのへんの鳩に投げてやり、立ち上がった。


「よし、次の劇場へ行こう」


 寄ってくる鳩に「ごめんよ、もうパンはないんだ」と謝りつつ、ルーシェリアは再び元気に歩き出した。


オペラのは、主役はほぼソプラノ(女性)とテノール(男性)です。その他の役も、年齢やその役の人物像などにより、どの役にどの声を当てるのか決まっています。

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