歌劇場を回る 1
翌日からルーシェリアはさっそく中央街区の歌劇場を探すことにした。といっても、やみくもに歩き回るのは効率が悪い。リドリーに許可(とお金)をもらってまず中央街区の大きな貸本屋に行き、閲覧室に入った。
この閲覧室は、貸し出しのできない大型本や高価な本などを閲覧できる場所で、入室料を払えばだれでも入れる。高価な本は閲覧室の中でも奥まったところにあって係員が常駐しているが、地図帳ならその手前の書架からとって机の上でじっくり眺めることができる。
ルーシェリアは大きな地図帳をとってきて中央街区のページを広げると、『〇〇歌劇場』と名前の書いてある建物を探していった。
(『王立歌劇場』はたぶん格が違うから、今回は当てはまらないよね。もっと小さい劇場って、どこかな)
しばらく熱心に探し、とりあえずふたつほどそれらしき建物を見つける。それから、ポケットから紙の束と鉛筆を取り出して、中央街区のものすごく大雑把な略図とその建物の位置関係を書き込んだ。
中央街区にはあまり土地勘がないので多少心もとないものの、いざとなったら誰かに道を聞いてしまえばいいだろう。
ほかにも歌劇場はあるかもしれないが、ひとまず今見つけたふたつに行ってみて、そこでさらに『ほかにもこういう劇場はありますか』と聞いてみればいい。あるなら教えてくれるはずだ。
自分が今いる貸本屋の場所も地図で見るのと歩くのとでは距離感が違う。ふと興味が湧いて、北街区のほうのページをぱらぱら繰ってみる。中央街区とはまったく異なる広々とした区画が印象的で、その中でも、やはりリールズ公爵家の屋敷の敷地はほかの貴族の敷地よりも相当広いようだった。
ちなみに南街区はそもそも地図がない。誰も使わないのだから、作るだけ無駄ということなのだろう。
だいたい見たいものは見たので、地図帳を書架に返して貸本屋を出た。
「よし、行くぞ」
ルーシェリアは意気揚々と歩き出す。ざっと描いた地図を参考にして中央街区の大通りを進み、それからいくつか角を曲がって、目的地を探した。
王立歌劇場は北街区にあるが、ほかのもっと規模の小さいものはいずれも中央街区にあり、舞踊や演劇に使われることもあるようだ。もちろん娯楽施設なので集客が見込める商業地域に建てられている。だからそれほど探すのは難しくなく、とある大きな通り沿いに一軒の劇場を無事に発見した。
「あった」
ルーシェリアは表の様子をしばし眺め、それから通用口があるだろう裏手に回った。ちょうど誰かが入っていこうとしているところで、小走りになってその人影を追いかける。
「あの、すみません。少しだけ聞いてもいいですか」
振り返ったのは中年の女性だった。手に大きな荷物を抱えている。
「なんだい、あんた」
「ここの人に聞きたいことがあって。誰か、劇場の人に会わせてもらえませんか?」
「なんだい、売り込みかなんかかい。そういうのはお断りだと思うけど」
あからさまにうさんくさそうな目つきになったその女性に、ルーシェリアはにこりと微笑みかけた。年上の女性と接するときは愛嬌が大事なのだ。
「違います、ちょっと人を探してて、その人がここで歌ってないかどうか聞きたいだけなんです」
「人探しかい」
「はい」
売り込みでないと分かったせいか、それとも愛想のいいルーシェリアに好感を持ってくれたのか、女性の態度が柔らかくなった。
「歌ってないか、ということは、探しているのは歌手なの?」
「うん。名前も分かってて」
「そうかい。じゃあ、一緒においで。あたしはここの劇場で働いてるわけじゃなくて、今ここで公演している一座の団員だから、そういうことは分からないんだ。誰かにつないでやるよ」
「ありがとう。じゃあ、その荷物、よかったら持たせて」
ルーシェリアはすかさずそう言って女性の手にしていた荷物をそっと引き取った。かさばるがさほど重くはない。いったい何なのか気になったけれど、もちろん聞く立場ではないので、ルーシェリアはおとなしくその布包みを腕に抱えた。
「おや、ありがとよ。じゃあお言葉に甘えて中まで運んでもらおうかね。こっちだよ」
その女性はルーシェリアの先に立って歩き出し、通用口とおぼしき扉を開けて中に入っていった。
廊下は薄暗く、ところどころの壁龕に申し訳程度にランプが置かれている。しばらくそこを進んだ女性は、途中で廊下を折れて別の通路を通り、そして開け放たれた扉の前まで来た。
「ここがこの劇場の従業員たちがいる場所だよ」
そう言ってから、「ごめんよ、ちょっといいかい」と声を張り上げた。部屋にいた数人の男性が振り返る。
「この子が、ここに出演していたかもしれない歌手を探しているらしいんだ。よかったら話を聞いてやっておくれよ」
「すみません、少しだけお聞きしたくて。よろしくお願いします」
ルーシェリアはぺこりと頭を下げた。部屋の奥から「おう、こっちに来な」と声がかかる。
「行っておいで。荷物をありがとね。探している相手が見つかるといいね」
「うん。どうもありがとうございました」
ルーシェリアはその女性に丁寧に礼を言い、荷物を返した。それから部屋の奥へ進む。
誰が声をかけてくれたんだろうときょろきょろしていると、「こっちだ」とまた声がした。一番奥に座っている青年だ。




