調査の現状確認 2
「私をやけにじろじろ見つめていたようだが」
向かい合ってお茶を飲んでいるティリアンにそう指摘され、ルーシェリアはへへっと照れ笑いをした。
「あなたなら、援助を持ちかけるのと引き換えに愛人になることを迫ったりはしなさそうだから、相手にとってはきっといい話だろうなって思って」
ルーシェリアの返答に、ティリアンが飲んでいた紅茶にむせた。けほけほと苦しそうな咳を2、3回して、紅茶のカップをソーサーの上に置いてからテーブルに戻す。それから『こいつは何を言っているのだ』と雄弁に語る冷ややかな目でルーシェリアを見つめた。
「……タイラーは男だぞ」
「分かってるよ。でもそういう嗜好の持ち主だっているじゃないか」
「私は違う。それに、私はそんなふうに誰かに関係を迫ったりはしない」
「だからそれも分かってるってば。ちゃんとそう言ったでしょ」
「……」
何か口の中で罰当たりな言葉をつぶやいたように思ったのは気のせいだろうか。まあいいや、とルーシェリアはまたひと口紅茶を飲んだ。
「とりあえず、僕たちのほうで調べることは、今のところそのタイラーさんを探すことくらいだね」
「ああ。だが、近いうちに、おそらくギブソンのことも調べてもらうことになると思う」
「ギブソンっていうのは、あなたが南街区に行ったことがあるかと聞いたときに反応した人だよね」
「そうだ。ほんのわずかな反応ではあったが、引っかかるものを感じた。何か南街区につながりがあるのかもしれない。そうであれば大きな手掛かりだ」
もしかしたらランドールもそのつながりの中にいたのかもしれない。追える手掛かりが少ない以上、どんなものでもまずは追ってみる必要があるだろう。
「リドリーに言っておくよ。でもギブソンって人の後をつける必要があっても、相手が馬車で出かけたときにはどうしたらいいのかな」
「馬車で張り込んでおいて、後をつけるしかないだろうな。その分の経費はもちろん払うから心配しなくていい」
「分かった、ありがとう」
話の分かる依頼人でよかったと安心しながらパンに手を伸ばし、はむはむとほおばる。相変わらずおいしいお茶請けに顔がほころぶ。
「おいしいねえ……身体中に沁みわたるおいしさだねえ……」
「……それはよかった」
なんとなく生温かい目で見られているような気もするが、パンのおいしさの前にはそんなことはどうでもいい。ルーシェリアは皿に盛られたサンドイッチを堪能し、全部食べてしまうと満ち足りたため息をついた。
「ああ、おいしかった……公爵様、いつもありがとう」
「いや……」
「ここでこうしておいしいお茶をふるまってもらえると思っただけで、遠路はるばるここに来る足取りも軽くなれるんだ。公爵様は僕の感謝の気持ちで間違いなく死後の世界では天使になれるよ」
「……君が死後の私に翼を生やしてくれるのか。ありがとうと言うべきなのかな、それは」
「いやあ、礼には及ばないよ。このお茶とお茶請けで十分さ」
ルーシェリアとティリアンの目が合う。こらえかねたようにティリアンが小さく笑った。
「そうか」
(あ、公爵様が笑った!)
ここまで彼が表情をゆるませるところを見たのは初めてだ。ルーシェリアは心の中で少しばかり驚きつつ、嬉しくなってこちらも笑みを向けた。
「たぶん横には天使になったリドリーもいると思うから、仲良くしてね」
「君の感謝で天使になれるのなら、たしかに彼のほうがはるかに確実に天使になれそうだな」
「でしょ?」
まじめくさった顔でルーシェリアがうなずくと、ティリアンの口もとに浮かんだ笑みが深くなった。いつもの彫像のような冷たさが薄れ、雰囲気が少し柔らかくなる。
(せっかくこんなに綺麗な顔をしてるんだから、もっと笑えばいいのにな)
初めて見る彼の表情についそんなことを考えてしまう。でもまあ、そんなことはルーシェリアには関係のないことだ。ルーシェリアは残った紅茶を飲み干して立ち上がった。
「じゃあ、さっそくアルマン・タイラーという歌手を調べてみるよ。何か分かったら知らせに来る」
「ああ」
ルーシェリアは部屋の扉を開け、廊下に待機していた従僕に案内されて屋敷を出た。
本来、下の身分の者が公爵に呼びかけるときは、「閣下」をつけて呼ぶのが正しい(伯爵なら「~卿」)のですが、リドリーもルーシェリアも残念ながらそこまでの知識を持っていません。なので、「公爵様」「伯爵様」などと一律に「様」をつけて呼んでいます。
ティリアンもハーディスも、相手にその知識がないのだろうと察して特にとがめだてすることもなく聞き流していますが、もしもうるさい貴族が相手ならリドリーたちはこっぴどく怒られてしまうかもしれません。




