掃除みたび 4
「市に行くなら早いほうがいいね。朝食を食べたらこっちにおいで」
「うん、分かった」
ルーシェリアは手の中の柄と地面に落ちている下半分を見下ろした。まっぷたつになった哀れな箒。
「ねえリーサさん、これ、もういらないよね」
「ああ。もう本来の役目は果たせないからねえ」
「じゃあ、もらってもいい?」
「いいけど……何にするんだい?」
「暖炉の焚き付けにする。寒くなるまで置いておくよ」
こんなものでも暖炉にくべれば多少のぬくもりをもたらしてくれるはずだ。半年ほどしたらおもむろに暖炉に放り込み、この日の失敗を思い出して楽しく笑うとしよう。そう言うとリーサは声を上げて笑った。
「そりゃあいい。暖も取れるし愉快な気持ちにもなれる、悪くないんじゃないかね」
「でしょ? やっぱり人生、その両方が必要だよね」
「そして腹を満たしてくれる食べ物もね。おいで、ルーシェ。ミートパイを焼いてある。今日も食べるだろう?」
リーサがにっこりと笑う。「もちろん!」とルーシェリアは歓声を上げた。
箒を折ってしまうという失態はあったが、どうやらリーサはミートパイを取り上げるほどの罰を下すことはないと思ってくれたようだ。
落ちた箒の下半分を拾い、店に戻っていくリーサのあとについていこうとして、後ろのニコラスを振り返る。ニコラスは大きなあくびをひとつしてから、にやっとルーシェに笑いかけた。
「ミートパイにはありつけそうだな、相棒?」
「ありつけそうだね。さあ、行こうよ」
ルーシェリアはニコラスと一緒に、うきうきと店に入っていった。
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ミートパイをおいしそうにたいらげたルーシェが「じゃあ、また次の土曜に来るよ」と折れた箒を持って帰っていくと、とたんに店の中が薄暗くなったような気がした。彼女が放つ、目に見えない溌剌とした明るさがなくなってしまったからだろう。
リーサがなんとはなしにあたりを見回し、「なんだか、とたんに寂しくなったねえ」と苦笑した。
「あいつはひとりで数人分の賑やかさがあるからな。うるさくなくなって落ち着けるじゃねえか」
「あの子はうるさくなんかないさ。小鳥がさえずってるみたいで、可愛らしいもんだよ」
かちゃかちゃと茶器を片付けながらリーサはそう反論し、ニコラスをちらりと見た。
「おまえ、本当にあの子に箒の代金を半分出させるつもりかい」
「言い出したのはあいつだろう。俺が提案したわけじゃねえって」
「なんとも義理堅いところのある子だねえ。ちゃんと弁償しようとするなんて、偉いじゃないか。余裕のある暮らしなんてしてやいないだろうに」
「……まあな」
ニコラスもそこは認めざるを得なかった。ルーシェがつましい暮らしをしていることは想像に難くない。だがルーシェは自分からちゃんと弁償すると言い出し、それを実行しようとしている。実は女の子のルーシェではあるけれど、侠気があると言っていいだろう。
「なんとなく良心が咎めるんだよ。どう考えてもあたしやおまえは金を持ってる。たんまりとね。あんな安物の箒の代金の、しかも半分程度の出費で、数日は粗食に耐える必要があるような子から、金を取るのかと思うとねえ……」
この店の後ろ暗い商売でしっかり儲けているリーサも、正体はこのマドロン地区の顔役のひとりシドであるニコラスも、ルーシェからすれば途方もない金持ちだろう。
ルーシェはニコラスのことはただの用心棒だと思っているから、彼が金を持っているとは知らないだろうが、リーサのことは知っている。それなりに裕福であると察してはいるはずだ。
それでも彼女は、それを指摘して箒くらいたいしたことではないはずだと主張するかわりに、潔く弁償することを選んだ。そのまっとうな感覚は評価してやってもよい。リーサもそうなのだろう、ルーシェへの好意が確実に増したようである。
「だが、買って返すと言い出したのはあの子だぞ。今さらどうするんだよ」
「まあねえ……あの子なりの矜持ってもんもあるだろうからね、それはそのまま受け取ろうと思ってはいるんだよ。そのかわりに何か……そうさね、パンか何かを買ってやろうかね。若い子が腹を空かせてるのはかわいそうだから」
「……好きにしろよ」
若者を見れば何か食べさせようとするのは、もはや半ば主婦としての本能なのだろうか。若いころ、自分たち4人の少年の胃袋を満たし続けてくれた養母のありがたさを内心で噛みしめつつ、苦笑とともに答える。
「おまえも半分よりは少しでも多く金を出すんだよ」
「へいへい」
養母はずいぶんとあの子を気に入っているようだ。確かに、ほがらかで明るくて、一緒にいるとなんとなくこちらまで楽しい気持ちになるような、いきいきした魅力のある子ではあると思うが。
「で、俺も当然、その市場行きには同行させられるんだよな……」
「当たり前だろう。嘘つきニックはあたしの用心棒なんだから。ついでに荷物持ちにもなっておくれよ」
「……へいへい」
もとより自分に拒否権がないことは承知している。ニコラスは諦めの境地でうなずいた。




