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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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掃除みたび 3

「お、おう、リーサ……」


「あの……リーサさん……」


「なんだい? ……おや」


 リーサの視線がルーシェリアの手の中のものに落ちた。すっと目が細められる。


「あたしの見間違いじゃなけりゃ、その(ほうき)は折れてるんじゃないかい」


「……そう、だね」


「渡したときにはその箒は五体満足だったはずだがねえ。その箒の身にどんな悲劇が降りかかったのか、聞かせてもらおうじゃないか」


「えっと……あの、ニコラスさんと箒でちょっと、その、剣術の練習みたいなことをしてたら、ぽきって……」


「……ニック、そっと逃げ出そうとしても無駄だよ」


 静かに後ずさりしかけていたニコラスがぎくりとその場に立ち止まる。リーサは腰に両手を当てて仁王立ちになり、「こらっ、この馬鹿もんたちめ!」と小柄な身体のどこから出てくるのかと思うような声を張り上げた。ニコラスもルーシェリアも揃って飛び上がる。


「ごごごめんなさい!」


「悪かったよリーサ!」


「もう箒を振り回したりしませんっ」


 特大の雷を落とされたふたりは平身低頭して必死に謝った。

 大の大人の男と小柄な少年が並んで老女に大目玉をくらっているのがおかしいのか、たまたまそのあたりを通りかかった数人の女性たちがくすくすと笑っているのが見える。しかしそんなことには構っていられない。何としてもリーサの怒りを解き、ご褒美のミートパイを出してもいいと思ってもらわなくては困るのだ。ルーシェリアとニコラスは無言のうちに一致団結し、ひたすら殊勝な態度に徹して恭順(きょうじゅん)の意を示した。


「まったく、真面目にやってるものだと思ってねぎらいに来たらこのざまとはね」


「すいませんでしたっ」


「深く反省してる」


「掃除はちゃんと真面目にやったよ、ほら、店の中、床がちゃんと綺麗になってるでしょ? ニコラスさんも、腰が痛くなるほど頑張ったんだよ」


 情状酌量を求めて実績を口にしてみる。リーサはちらりと店のほうに視線をやった。


「床が綺麗になってたのは分かったよ。それはありがたいが、箒を一本おしゃかにしちまうとはねえ。また買い直さなきゃならない」


「ごめんね。僕とニコラスさんとで弁償するよ。新しいのを買ってくる」


 とんだ臨時出費ではあるが、自分たちが悪いのだから仕方ない。ルーシェリアは箒の値段など知らなかったけれど、まあしばらく節約すればなんとかなるだろうと(あきら)め、「どこに行けば買えるかな」とリーサに尋ねた。


「今日は(いち)が立つ日じゃないから、このへんでは買えないね。本当に弁償してくれるつもりがあるのかい?」


「もちろんだよ。五体満足な箒を借りたんだから、五体満足な箒を返さなきゃね。リーサさん、もしよければ、市が立つ日に買っておいてくれない? 半分のお金を払うから。……あ、でも、むやみに高級な箒を買うのはやめてくれると嬉しいな」


「……高級な箒ってどんなんだよ」


 逃げそびれたニコラスがぼそりと突っ込む。「さあ?」とルーシェリアは首をかしげた。


「お貴族様が持ってるみたいな、と言いたいところだけど、お貴族様は自分で箒を持ったりなんかしないもんね。貴族のお屋敷にあるみたいな、と言えばいいのかな」


「そんなもんが南街区の市に売ってるわけねえだろう」


「盗品とかならあってもおかしくないでしょ。このお店でだって、南街区にあるわけないようなものがきっと売買されてるはずだしさ」


 その言葉にリーサもニコラスも苦笑いを浮かべてルーシェリアを見つめた。


「正面から言うもんだねえ」


「公然の秘密ってやつでしょ。それより箒だよ。ちゃんと相場に応じた値段のものにしてよね?」


「そんなに値段が気になるんなら、自分で確かめたらいいだろうさ。今度連れていってやるから、来週は日曜じゃなくて土曜においで。その日なら市が立つ」


 リーサの言葉に、「むむ」とルーシェリアは少し考えこんだ。


(マドロン地区をあまり歩き回るのは怖いけど、リーサさんと一緒なら、かなり安心かもしれないな。なんせシドの養母なんだから、何かあったらシドが黙っちゃおかない。ニコラスさんも護衛についてくるだろうし、かなり安全にマドロン地区の知らない場所を歩けるということだ。これはいい機会かもしれない)


 そう判断したルーシェリアは、「分かった。一緒に市に行くよ」と返事をした。


「ニコラスさんも来るよね? リーサさんの用心棒なんだから」


「……ここでの俺の行動を決めるのは俺じゃねえ。リーサだよ」


 どうせ行きたくないと言ったって引きずっていかれるんだから、とニコラスはぶつぶつ言いつつ、「仕方ねえ、俺も半分金を出さざるを得ないのか……」とため息をついた。


「僕も断腸の思いだけど仕方ないよ、ニコラスさん。数日ほど粗食に甘んじたら何とかなると思うし、ここは男らしく(はら)をくくろう」


「てめえみたいなチビに男の道を説かれてたまるか」


「大きいか小さいかは関係ないよ、心意気の問題でしょ」


 ルーシェリアはきっぱりと言い、リーサに「その日にお金も持ってくる。何時に来ればいい?」と尋ねた。


南街区では、食料品などは市場で毎日買うことができますが(終わりがけに行けば安くなるので、懐具合によって行く時間帯が変わります)、日用品が買えるのは小間物を扱う行商人が来る土曜だけです。

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