掃除みたび 2
「おまえのほうが遅れを取ってるじゃねえか。こっち見てにやにやしてないでさっさと働け働け」
「にやにやなんてしてない!」
「いーや、してた」
「微笑ましく見守ってただけなのに。これだから心の汚れた大人ときたら」
「大人になりゃあ嫌でも汚れるんだよ、ほら早くやれって」
ニコラスはしっしっと言わんばかりに手を振ってみせた。どうやら真面目に掃除にいそしむところを見られたくないようである。
(まあ、そういう男もいるよね。女がやるような仕事をするなんて男の沽券にかかわる、みたいな感じで。でもニコラスさんはそれともちょっと違う……単に真面目な自分を見られたくないだけみたいだな)
持ち場へ戻って再び箒を使いながら、つらつらとニコラスのことを考える。
ちゃらんぽらんな雰囲気を出してはいるが、大切にしている養母とその店の護衛を任されるのだから、おそらく彼はそれなりに腕の立つ用心棒なのだろう。そしてシドに信頼されてもいるはずだ。忠誠の疑わしい手下を養母のそばには近づけまい。
裏切る心配のない、腕の立つ部下。シドが下すニコラスの人物評はきっとそんな感じだ。ということは、ニコラスはかなり頭目から高評価を得ていることになる。
「意外と出世頭だったりして……? いや、それはないか」
組織の中で使うよりもこうして外で使うほうが向いていると判断されたからここにいるわけで、本当の出世頭はきっとシドの片腕のような感じで側近としてそばにいるだろう。
なんとなく、ニコラスはそういう種類の男ではなさそうだ。誰かの片腕として献身的に仕えているという姿が想像できない。ここにいるほうが向いているような気がする。……あくまでも、部外者のルーシェリアから見ただけの判断ではあるけれども。
そんなことを考えながらもルーシェリアはせっせと箒を使い、とうとう戸口まで到達することができた。
埃をまとめて掃き出し、店から少し離れたところあたりまで適当に散らばらせておいて、ニコラスのほうを振り返る。
先に持ち場の掃除を終えていたニコラスは、燃え尽きたような表情でボサっと店の前に座り込んでいた。そばには箒が転がっている。
「お疲れさま、ニコラスさん。全部終わったね」
ほがらかに声をかけたルーシェリアを、ニコラスがどんよりした目で見上げる。
「疲れた……腰が痛え……」
「そっか。老体に鞭打って頑張ってくれてありがとう」
「……誰が老体だよ」
反論にもキレがない。ちょっと元気になってもらおうかと、ルーシェリアはつかつかとそばに近づいて、程よいところまで来るとえいっと箒を振り下ろしてみた。
ルーシェリアが箒を振ったとたん、ニコラスはそばにあった自分の箒をすばやくひっつかみ、それをかかげてルーシェリアの攻撃を難なく防いだ。
「何すんだよ!」
「いや、どのくらいちゃんと反応するのかなと思って」
「……おまえなぁ……」
箒を軽く動かしてルーシェリアの箒を払いのけたニコラスが、呆れたようにルーシェリアを睨みつける。
「それがぶち当たって俺が怪我でもしてたらどうするんだよ」
「何を言ってるのさ。ニコラスさんは用心棒なんでしょ? こんなど素人の子供が振り下ろす箒をなんとかできないわけがないじゃないか」
ルーシェリアが堂々と反論すると、ニコラスは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「このクソガキが……育てたやつの顔が見たいよ、まったく」
「リドリーのこと? 会いたいんなら会わせてあげてもいいけど。爪の垢でも煎じて飲ませてもらうといいよ」
「うるさい」
ニコラスが立ち上がる。そして手にした箒を無造作に振った。今度それをとっさに受けるはめになったのはルーシェリアだ。十二分に手加減されたと分かる一撃だったけれど、それでもじぃんと手がしびれそうになった。
「ほう、反応は悪くないな」
「そう?」
「ああ」
ニコラスがまた片手で箒を払ってきて、ルーシェリアはそれを両手で持った箒で防いだ。ひょいひょいと振り下ろされる箒を必死で受け止めていく。楽しそうに箒を振るうニコラスは、まるで仔猫をかまっているかのような雰囲気だ。
「クソガキのわりになかなかやるじゃないか。身のこなしが軽いし、目もいい。ちゃんと練習すればそれなりには動けるようになれそうだ」
「あ、ありがとう」
息をはずませながら礼を言うと、「ちょっと打ちかかってこいよ」とニコラスが箒を下げた。えい、と踏み込んで思いっきり振りかぶる。勢いをつけて振り下ろした箒は当然なからあっさり止められ、パシンといやに小気味よい音がした。直後、ばさりと落下音がする。
――……え、その音って。
手にした箒を見下ろす。それはまっぷたつに折れてしまっていた。下半分はぼてりと地面に転がっていて、ルーシェリアの手の中には棒だけになった箒の柄が残されている。
視線を上げると、ニコラスもその箒を何とも言えない表情で見ていた。ふたりの目が合う。
「……しまった、ね」
「……ああ、しまったな」
「どうしよう……」
「まったくだ」
ちょうどそのとき、なんとも具合の悪いことに、「終わったかい?」と言いながらリーサが様子を見に出てきてしまった。ふたりははっと振り向いた。




