掃除みたび 1
「こんにちはー」
もうすっかり馴染みになった気のする経路をたどり、この週末もルーシェリアはリーサの店にやってきた。先週の掃除の続きをするため、そしてリーサの絶品ミートパイにありつくためである。
雨が降らなくてよかったと天気に感謝しつつ足取りも軽く店に入ったルーシェリアは、「ルーシェ、よく来たね」とカウンターの向こうから笑いかけてくれたリーサに手を振った。
「こんにちは。今日も来たよ」
「あんたもつくづく物好きな子だねえ。まあ、掃除してもらえるのは助かるからいいけど。今日はたしか箒を使うんだったね」
「うん、こないだはたきをかけ終わったから、今日は箒で床を掃くよ。たしか2本あるって言ってたよね。今日はニコラスさんはいないの?」
「いるともさ」
リーサはにやにやしながら奥を指さし、「ニック、いいかげんに諦めて出ておいでったら」と声を張り上げた。
「掃除はしたくないとぐちぐち言ってばかりだから、だったらミートパイはやらないよと何度も念を押してるんだ。さあニック、往生際が悪いよ」
「……あんたは根性が悪いぜ、リーサ」
仏頂面のニコラスがのっそりと奥から出てきた。せっかくの男ぶりも、情けなさそうな表情と覇気のない雰囲気のせいでなんとも残念なことになっている。
「こんにちは、ニコラスさん。今日もふたりでがんばろうね」
ルーシェリアはほがらかに挨拶した。ニコラスがいっそう顔をしかめる。
「おまえだけでやればいいのに、なんで俺を巻き込むんだよ」
「ふたりでやったほうが早く終わるからに決まってるでしょ。はい、これ」
リーサが出してきた2本の箒を受け取り、大きいほうをニコラスに渡す。
「じゃあ、ニコラスさんはこっち側の奥から掃いていってくれる? 僕はこっちからやるね」
ニコラスはいかにも面倒くさそうに箒を受け取り、「こんなもん持たされたのはガキの頃以来だぞ、まったく」とぶつぶつ言いながらも、ルーシェリアの指示したあたりへと向かっていった。ようやく観念したらしい。さあ自分もがんばるぞと、ルーシェリアは受け持ちの区画へ移動した。
「ルーシェ、箒で掃くときは茶殻を少し撒いて一緒に掃くといいよ」
作業をやりかけたとき、リーサがそう声をかけながら近づいてきた。手にした木の器からぱらぱらと何かを撒く。
「茶殻?」
「そう。この湿り気がいいんだ。埃をまとめてくれるのさ。やってみたら分かるよ」
言われたとおり茶殻ごと埃を掃いてみると、リーサの言うとおり、ふわふわした埃がほどよくまとまって掃きやすくなった。すっかり感心して「すごいね、ほんとに掃きやすい!」と歓声を上げる。
「年寄りの知恵ってやつさ。さ、じゃあ悪いけど、がんばっておくれよ」
「全然悪くないよ。なんか掃除って楽しいよね、成果が目に見えるから達成感があってさ」
「……そりゃあよかった」
リーサはやる気に満ちたルーシェリアに圧倒されたように苦笑し、茶殻の入った容器を置いて去っていった。容器の蓋にちょうど茶殻がまだ入りそうだったので、蓋にざらざらと載るだけ中身をあけ、本体のほうをニコラスのほうへ持っていく。
「ニコラスさん、この茶殻を撒くと掃除しやすくなるってさ。埃がまとまるんだ」
「……茶殻ぁ?」
不機嫌そのものの顔でニコラスが振り返る。ルーシェリアはさっきリーサがやったようにぱらぱらと茶殻をあたりに撒き、「ほら、掃いてみて」と告げた。
「ゴミを増やしやがったわけじゃねえんだよな」
「違うって。いま言ったでしょ、水分のおかげで埃がまとまりやすくなって掃きやすいんだって。やってみたら分かるよ」
しぶしぶ箒を動かしたニコラスが、少し目を見張って「おっと」と声を上げた。
「これは確かに」
「でしょ? ここに置いとくから適当に使ってね。じゃあお互い頑張ろう」
ルーシェリアは茶殻の容器を置いて、持ち場へ戻った。広めの範囲に茶殻を撒き、勇んで箒で掃いてみる。茶殻はおもしろいように埃を吸着し、すっかり楽しくなったルーシェリアは無心で箒を持つ手を動かした。
しばし没頭したあと、目を上げて周りを見回す。いつの間にか結構な範囲を掃いていて、茶殻もずいぶん残り少なくなっていた。
(ニコラスさんはどうかな?)
そちらのほうを見ると彼もなかなか頑張っているようで、店の奥から始めたはずがもうかなり戸口のほうまで近づいていた。やはり成人男性は馬力が違う。
やるまでは盛大に文句を言っていても、やり始めたらちゃんとやるあたりが、なんだかんだ言っても根は真面目というか律儀な人柄をうかがわせ、実は結構いい人だよなあとルーシェリアは頬をゆるめた。
「どうした」
視線に気づいたのかニコラスが顔を上げ、いかにも嫌そうに顔をゆがめてみせた。
「いや、ちゃんと頑張ってて偉いなあと思って」
「なんだよその上から目線」
けっと毒づいたニコラスがあごをしゃくる。
この物語は、おおよそ1800年代初頭のイギリスをモデルに書いています。
蒸気機関も既に発明されています。したがって「馬力」という概念もあります。




