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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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クラブでの再調査 3

「どうだろうな。おそらく、小さな歌劇場などに出ているのではないかと思うが、知らないな」


「私も知らない。まあ、あれほど才能がありそうな青年だ、いずれ世に出てくるのではないか?」


 アリンガムも知らないと言っていた。彼も知らないというのだから、おそらく今のところまだそのタイラーという青年はそれほど目立った活躍をしてはいないのだ。

 兄がその才能を見込んで後援していたというのなら、埋もれさせるわけにもいかないだろう。フォート兄弟に頼んで彼を探してもらおうと心に留めつつ、ティリアンはひとつ、先日から気になっていたことを聞いてみることにした。


「ひとつ、あなたたちに聞きたいことがあるのだが……」


「なんだ? 何でも言ってくれよ」


 ラングドンが気のよさそうな笑みを向ける。


「あなたたちは、兄のことを名前で呼んでいるのだな。普通は、あなたたちが今お互いに呼び合っているように名字で呼ぶか、あるいは兄なら儀礼称号のシンスターと呼ばれるところだと思うのだが」


 親戚どうしや幼少期からのよほど親しい友人などでない限り、寄宿舎での友人関係であれば普通は名字で呼び合うものだ。

 もしくは、ランドールのように高位貴族の長男である場合、アースター家が持っている2番目に高い称号を名乗ることができる。それが儀礼称号と呼ばれるもので、ランドールならリールズ公爵の長男としてシンスター侯爵の称号を持っていたため、シンスターという呼ばれ方をすることも多かったはずだ。


 だが兄の友人たちはみな兄のことをランドールと名前で呼び、アースターと呼ぶこともシンスターと呼ぶこともない。なぜなのだろうと素朴な疑問を抱いたに過ぎなかったのだが、意外にも、ラングドンたちは少し気まずそうに目を見かわした。

 誰もすぐに返事をしようとせず、そんな仲間たちのようすを見て取ったらしいハンフリーズが、仕方ないなと言いたげに口を開く。


「寄宿学校にいた頃に、そう呼んでほしいと言ったのだ、ランドール本人が」


「そうだったのか。しかし、なぜだ? あなたたちのその様子からすると、何か事情があるようだが」


「……弟である君が気を悪くするかもしれないから、あまり言いたくはないのだが……仕方ないだろうな。正直に言うと、あいつ……ランドールは、リールズ公爵家の跡取りであることを、重荷に感じていたんだ。自分で選んだわけでもない義務と責任を一方的に負わされ、そしてそれにふさわしくないと一方的に責められることに傷つき、怒りを抱いていた。だから、アースターという姓も嫌っていたし、ましてや儀礼称号などで呼ばれることなどまっぴらだと……」


「……そうか」


 出来損ないの跡取りと兄のことを馬鹿にしていたあの親戚の少年を思い出す。彼は兄の同級生だった。親族なのだから当然、あの少年もアースターと呼ばれていたはずで、彼と同じように呼ばれるのも嫌だったのだろう。その推測を裏付けるかのように、ラングドンが付け加えた。


「アースター一族の少年が同じ学年にいたんだ。もちろん彼はアースターと呼ばれていた。そして奴は何かとランドールに突っかかっていた。馬鹿にするような言動を取って、よくからかっていた。当然ながらランドールはそいつのことをすごく嫌っていて、あいつと同じ名で呼ばれるなんてごめんだとよく言っていたんだ。だから僕たちは、いつも彼のことをランドールと呼んでいた。それが彼の希望だったから」


「なるほど、事情は分かった。兄の希望を汲んでくれたこと、感謝する」


 兄はつくづく、いい友人に恵まれていたようだ。家族との関係は悪くても、仲間たちには受け入れられ、それなりに楽しくやれていたのだろうと知れたことは、今となっては大きな慰めだった。


「いや……指輪の件ではあまり役に立てなくて、すまないな。もし、また聞きたいことがあったら、いつでも言ってくれ」


「ありがとう。また何か、聞くこともあるかもしれない。そのときはよろしく頼む」


 そろそろ潮時だろうとティリアンはハーディスと目を見かわし、立ち上がった。そして、「そうだ」と何気なく口を開く。


「あなたたちは、南街区に足を運んだことはないか?」


「南街区?」


 いや、ないな、と不思議そうに答える者たちの中に、またひとり、微妙に違う反応をした者がいた。わずかに身をこわばらせた者が。それはまたしてもギブソンだった。


(まただ。彼はいったい何を知っている?)


 いずれにせよ、ここで追及するわけにはいかない。じっくり考えて攻め方を吟味する必要がある。ティリアンは「ないならいい」と言って、彼らに別れの挨拶をするとハーディスと一緒にクラブを出た。

 待たせていた馬車を車寄せに呼ぶ。今日はハーディスも自分の馬車で来ているから、帰りは別々だ。


「じゃあな、ティリアン。また会おう」


「ああ」


 ハーディスと別れて馬車に乗り込む。今日聞き出した情報を頭の中で整理しながら、ティリアンは調査の進め方について考えを巡らせた。


(まずはフォート兄弟に、アルマン・タイラーを探すよう依頼する。それから、できればアリンガムとギブソンに、もう一度話を聞きたい。何か知っているのではないかと。……だが、正面から聞いても、答えてくれるだろうか?)


 彼らについてはもう少し考えよう。ティリアンはそう思いつつ、背もたれに背中を預けて目を閉じた。


次からは再びルーシェリアのターンです。

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