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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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アリンガム邸への訪問 2

「普通の夜会や舞踏会に彼が足を運んだことがあったかな。……ちょっと思い出せないよ。僕も、妻と結婚してからはそういうところに行かなくなったから、あまり他人(ひと)のことは言えないが」


「奥方とはいつご結婚されたのだ?」


「2年ほど前に。……パーセルなら知っていると思うが、セシリアは貴族の出ではない。夜会などに彼女を連れていっても、おそらく嫌な思いをするだけだろうと思って、行かないようになったのさ。彼女もそういう華やかな場所は好きではないから。知らない人たちとうわべだけの交流をするより、家で僕のヴァイオリンに合わせて歌っているほうがいいと言ってね。……おっと、これは惚気(のろけ)だな」


 照れくさそうに笑うアリンガムはとても幸せそうだった。ディエリアの貴族社会では貴族ではない相手と結婚する者は珍しいが、彼はそんなことはまるで気にしていないようだ。夫人と愛し合っているからこそ、そんなふうに笑えるのだろう。


「そういえば、ランドールも妻の歌声をとても気に入ってくれていたよ。彼の屋敷で催された音楽会にも、しばしば呼んでくれた」


「そうなのか。たしかに奥方の声は素晴らしいから、兄が気に入っていたというのもうなずける。……そういえば、兄が気に入ったという歌手が、ほかにもいたような……」


 リドリーが兄の近侍(きんじ)から聞き出してきた名前の中に、たしかそういう人物の名があった。それをふと思い出して口にすると、またしても、アリンガムがわずかに反応した。


「……それはたぶん、タイラーではないだろうか。アルマン・タイラー、テノール歌手の」


「そうだ。そういう名前だった。兄の近侍が言っていたのだ。彼の歌声をとても気に入っていて、後援者として支援していたと。あなたもご存じか?」


「もちろん。彼の屋敷で何度も聴いた。本当に素晴らしい歌声の持ち主だ。のびやかで、張りがあって……若いが天性の才能を感じさせる歌い手で、神の恩寵(おんちょう)というものはあるのだなと彼の歌を聴くたびに思わされたよ」


 音楽に造詣(ぞうけい)の深いアリンガムがここまで絶賛するのなら、さぞかし実力のある歌い手なのだろう。ハーディスも同じように感じたらしく、「一度聴いてみたいものだな」と横でつぶやいている。


「彼は今どうしているのだろうか。兄が後援していたというのなら、その資金は兄の死とともに打ち切られてしまったはずだ。困っていなければいいが」


 ティリアンは、公爵家の帳簿を見てもそういった項目の支出は見当たらなかったことを思い返していた。

 兄はそのたぐいのものは自分の采配で使える私的な支出として一括で処理していたらしく、兄がどんなことにその金を使っていたのかは書類上からは分からない。

 だから兄がその歌手にどの程度の支援をしていたのかも不明だが、若く金のない芸術家がパトロンからの援助をなくしてしまえばどうなるのか。ちゃんとその道で生計を立てていけているならいいのだが。


「どうだろうな……彼は小さな劇場でオペラ歌手として出演したこともあって、僕は行けなかったが、ランドールは見に行っていたと思う。次第に名前が売れつつあったから、まったく金を稼げないということはないと思うが……最近、僕も以前のようには音楽関係の催しに出ることも少なくなっていてね。そのあたりのことはよく分からない」


「なぜだ? ほかに趣味でもできたのか」


 何気なく聞いたハーディスに、アリンガムはちょっと照れたように笑った。


「いや、実はセシリアが懐妊しているんだ。めでたいことなんだが、最近までつわりがあってね。しんどそうなセシリアを置いてひとりだけ出かける気になれなかったから」


 昨日の夜、長いあいだ立たせておきたくないとアリンガムが彼女の身体(からだ)を気遣っていたことをティリアンは思い出した。


「それはおめでとう。だが、昨日は大丈夫だったのか?」


「ああ、最近になってようやくおさまって、今は元気だよ。だが外で歌うのはそろそろやめようかと話している。腹ももうすぐ目立ってくるだろうから」


「きっと子供が生まれたらうっとりするような声で子守唄を歌ってやるのではないか?」


 ハーディスが軽口をたたき、「それが今から楽しみでね」とアリンガムも破顔した。


「セシリアに初めて会ったとき、彼女は妹たちの音楽の授業の題材として、ある古い子守唄を歌っていたんだ。たまたまその部屋の前を通りがかった僕は、その歌声を聞いて……天使が歌っているのかと思った。そしてどうしても誰が歌っているのか確かめたくなって、少し開いていた扉から中をのぞいて……そしてセシリアを見つけた。やっぱり天使そのものだと思ったな」


「……天使、か」


 ハーディスのからかうような口調に、アリンガムは「そうだよ」と笑った。


「その瞬間、僕はその天使に恋に落ちたってわけだ。いや、本当は、あの歌声を聞いた瞬間に恋をしたのだろうな。あの声が、僕の心のどこかで眠っていた(げん)をゆさぶり、震わせた。いわば僕はあの歌声に共鳴したんだ」


「……そうか。相手が貴族ではないことを、気にはしなかったのか?」


 素朴な疑問をぶつけてみると、「これっぽっちも」とアリンガムは首を振った。


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