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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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アリンガム邸への訪問 1

「それで、何を聞きたいのかな?」


 ふたりの前に腰を下ろしたアリンガムは、運ばせた紅茶のカップを持ちながら物問いたげな視線をこちらに向けた。

 今日は夫人はおらず、アリンガムひとりだ。だからだろうか、通された場所は客間ではなくアリンガムの書斎だった。


「察しているとは思うが、兄のことを聞きたい。爵位継承にともなう手続きや、公爵として取り急ぎやらねばならないことなどが最近ようやく一段落したので、兄の遺品を整理し始めたのだが、その中に、兄の大切にしていたものが見当たらなかった。もしかしたら兄の友人に聞けば分かるかと思い、こうして尋ねる次第だ」


「そうか……いろいろと、大変だったことだろうな。落ち着いたのなら何よりだ」


 そう言ってひと口紅茶を飲んだアリンガムが、「それで、その品とは?」と尋ねた。


「兄が祖父から譲られた、紫水晶の指輪だ。蝶をかたどった……」


「あれか」


 アリンガムは覚えがあったらしく、すぐに思い当たった顔になった。


「覚えている。確かによく()めていた」


「先日話をしたラングドンもそう言っていた。兄はよくあの指輪を|嵌めていたと。だが、それが見当たらないのだ。強盗に盗まれたのかとも思ったのだが、どうもそうではなく、兄の生前から、いつのまにかあの指輪が兄の身辺からなくなっていたらしい。……心当たりはないだろうか」


「いや、ないな。確かに、言われてみれば、いつの頃からかあいつはあれを嵌めていなかったような気もするが……」


「ラングドンによれば、少なくともあなたの屋敷で開かれた音楽会で、兄がピアノを弾いたときには、兄はまだあの指輪を嵌めていたそうだ。それがいつのことだったか、覚えてはいないか?」


 うーん、とアリンガムが考え込む。


「君も知っているかもしれないが、僕は音楽が好きでね。自分でもヴァイオリンを少々やるし、他人の演奏を聴くのも大好きだ。だからうちではたびたび音楽会を催している。そこにランドールが参加したのも一度や二度じゃない。どのときだったか、特定できないか?」


「一度や二度ではないのか。それは知らなかったな……」


 ラングドンの話しぶりだとそこまでは分からなかった。しまったなと思いつつ、とりあえずラングドンから聞いた話を繰り返す。


「彼は3年ほど前だと言っていた。ピアノを弾くのにあの指輪が邪魔だからと、兄はラングドンにそれを預けたそうだ。だから、そのときまでは指輪は確実に兄の手もとにあったことになる」


「なるほどね。音楽会の日時が分かれば、その時期がはっきりするわけか。だったら、音楽会のプログラムはすべて取ってあるから、ラングドンにそれを見せて、ランドールがそのとき演奏した曲がどれだったか覚えているかと聞いてみたらいい。曲で特定するしか方法はないだろう」


「その方法があったか。そうできれば助かる」


「少し待ってくれ。ちょうどここの机の引き出しにまとめて保管してあるはずだ」


 アリンガムは立ち上がって書き物机のところへ行き、引き出しを開けて書類挟みを取り出した。


「3年ほど前ということだったら……まあ、このあたりかな」


 その中から一部を引き抜いてこちらに戻ってくると、アリンガムはその束をティリアンに渡した。


「よかったらそれをラングドンに見せて尋ねてみてくれ。プログラムは毎回変わっているから、ほかの曲でそのときのものだと分かるかもしれない」


「ありがとう。では、しばらくお借りする」


「ラングドンがあいつの弾いた曲を覚えているといいが。……ただ、それが分かったところで、その指輪がどうなったかまでは分からないだろう?」


「ああ、もちろんそれは承知している。ただ、私は……もしかして兄に想う相手がいて、その相手に渡したのではないかとも思ったのだ。その指輪が兄の手元を離れた時期が分かれば相手を探す手掛かりになるかもしれないと考えたのだが、ラングドンには心当たりがないと言われた。アリンガム、あなたにもないか?」


 その質問をした瞬間、アリンガムの表情がわずかに……ほんのわずかに動いた。もしかして、と期待したものの、アリンガムは目を伏せ、首を振った。


「いや……僕にも思い当たるふしはない。僕の見る限り、彼が情熱を注いでいたのは音楽に対してだけだった。女性にそれを向けていたという印象はないな」


「……そうか」


 仮にアリンガムが何か知っていたとしても、彼はそれを今ここで口に出すつもりはないようだ。そう判断したティリアンはそこを追及するのはひとまず保留として、兄の日々の暮らしのことを聞いてみることにした。


「あなたは兄と親しかったと聞いている。どれくらい、親しかったのだろうか。よく会っていたのか?」


「そうだな……彼には友人は少なかった。僕とラングドン、それからギブソンやケンジットなど、すべて寄宿学校時代からの友人だ。5、6人ほどだな。彼と一番親しかったのはラングドンで、次が僕だろうか。僕とは音楽という共通の趣味があったから、飽きずによく音楽の話をしたものだ」


 アリンガムが宙に目をさまよわせ、思い出にひたる表情になった。


「ピアノとヴァイオリンの二重奏を楽しんだこともたびたびあったな。お互いがこれはと思う演奏家を招いて音楽会を開くこともあった。オペラもよく一緒に行ったよ。僕の家のボックスよりいい場所にあるからと、公爵家のボックス席をいつも使わせてくれてね。楽しかった」


「そうか……兄はやはり、あまり社交界には出ず、音楽にばかり打ち込んでいたのだろうか」


「そう言われても仕方ない暮らしをしていたと思う」


 そう言ってアリンガムは苦笑した。


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