アリンガムとの接触 2
「ああいう夫婦は社交界ではあまり見ないな。なかなかいい感じじゃないか」
「おまえの遊び仲間にアリンガムのようなまともな男がいないだけではないのか?」
「違うさ。社交界ではあまり夫婦がべったりと一緒にいるのは粋ではないとみなされがちだからな、夫も妻も距離を保ち、それぞれ社交にいそしむものだ」
「そしてそういう人妻を狙うわけか」
「後継ぎさえ生んでしまえばあとは自由という夫婦も多い。夫のほうも遊んでいるのだから、妻だけが孤閨をかこつ必要もあるまい?」
しれっと言い放ったハーディスに、「エレナにそういうことを教えるなよ」と冷たい声で釘をさす。
自分と違ってエレナは社交界を楽しんでいるらしい。今は服喪中だからおとなしく公爵領にいるけれど、喪が明ければまたこちらに来て華やかに遊び歩くのだろう。
デビューして今年で3年目になる妹だが、おととしも去年も、ほぼハーディスと彼の母親である伯爵未亡人の世話になっていたはずだ。自分たちの母はもうおらず、ランドールは妹に無関心だったから。
今年は自分がいるので、以前ほどにはハーディスたちに頼らずにすむのかもしれないが……エレナを連れてあちこちの夜会や舞踏会に出歩くことを考えただけでうんざりした気分になる。
幸い、伯爵未亡人は自分には娘がいないため姪のエレナをたいへん可愛がっていて、もうひとりの母のように接してくれている。これまでどおり、頼もしい彼女に采配を振ってもらうほうが、ティリアンとしてもありがたいかもしれない。
休憩時間のあいだに部屋の一隅では飲み物や軽食が供されていたが、立ってそちらに行くとまた人垣に囲まれそうだったので、ティリアンはおとなしく席に座っていた。
ちらちらとこちらに視線を投げ、話したそうにしている女性たちとは、とにかく目を合わせないようにしてやり過ごし、ハーディスとの会話に専念する。その努力の甲斐あってか、話しかけられることもなく無事に休憩時間を終えた。
後半のプログラムは合奏が中心で、弦楽四重奏、そして途中からはそれにさらにピアノも加わり、華やかな演奏が観客を楽しませた。どの演奏者もとても上手だ。兄ならどう評したのだろうなと心の中で思いつつ、ティリアンもつかの間、久しぶりに聴く美しい音楽の翼に身をゆだねた。
最後のプログラムが終わり、拍手に応えてのアンコール曲も終わると、観客はざわざわと立ち上がって帰り支度を始める。
帰ってしまう前にアリンガムをつかまえようと、ハーディスとティリアンも立ち上がり、アリンガム夫妻のほうへと歩き出した。
「アリンガム」
ハーディスが声をかけた。振り向いた彼の視線が、ハーディスからすぐに横のティリアンに移る。彼は驚きの表情を浮かべてティリアンを凝視し、「まさか……ティリアン・アースターか? ランドールの弟の」とつぶやいた。
「その通りだ。ティリアンと会ったことは?」
「いや……寄宿学校の頃、顔を見かけたことはあったが……まともに話したことはない。……初めまして、と言うべきだな」
「ああ……そうなのだろうな」
記憶を探ってみても、寄宿学校時代のアリンガムを思い出せなかった。兄と同級生だったアリンガムは当然ながら学年も上で接点も少ない。学内で目立つほうでもなかったのだろう、まったく覚えがない。
「アースター、ランドールのことはお悔やみ申し上げる」
「ありがとう」
ティリアンは軽く頭を下げ、弔意を受け取った。
「セシリアを紹介させてもらおう。こちらは僕の妻のセシリア。セシリア、こちらはランドールの弟のリールズ公爵だ。そしてパーセル伯爵」
「レディ・アリンガム、初めまして。私はティリアン・アースター、リールズ公爵だ。こちらは従兄のパーセル伯爵ハーディス・レイノルズ」
つつましく夫の傍にひかえた小柄なレディ・アリンガムに声をかけると、彼女はしとやかに淑女の礼を取り、「セシリア・アリンガムでございます」と挨拶した。
「なんとも美しい歌声だった。まるで小夜啼鳥のようで」
ハーディスが賛辞を口にすると、「ありがとうございます」とレディ・アリンガムははにかんだ。
「奥方はすばらしい声の持ち主でおられるのだな、アリンガム」
ティリアンも率直に感想を述べる。アリンガムは嬉しそうに笑い、「そうなんだ」とうなずいた。
「我が妻ながら、神に愛された歌声だと思うよ」
「まあ、あなたったら」
レディ・アリンガムがたしなめるように夫の腕を軽く叩く。その気安いしぐさにも、ふたりのあいだの愛情が感じ取れるようだった。
「ところで、アリンガム。聞きたいことがあるのだが……今、少しなら時間は取れるだろうか」
「どんなことかにもよるな。ここで話せそうなことなのか?」
アリンガムが言い、ティリアンを見つめた。その瞬間、ティリアンは確信した。
(彼は何か知っている。兄のことで、何か)
何の根拠もないが、それでもその直感には自信があった。ティリアンは一歩踏み込んだ。
「どこかであらためて話せればありがたいが、無理そうなら今この場で構わない」
「……そうだな」
アリンガムはちらりとかたわらの妻を見やり、「ではうちに来てもらおうか」とうなずいた。
「彼女をあまり長いあいだ立たせておきたくないのでね。屋敷ならゆっくり話もできる」
「助かる。訪問していい日時を指定してくれたら、それに合わせるが」
「明日でいいさ。明日の午後、そうだな……3時頃に来てくれ」
「承知した。時間をとってくれること、感謝する」
軽く頭を下げると、「なに、構わない。それではまた明日」とアリンガムは気さくに笑い、「では失礼するよ」と妻とともに歩いていった。
「うまくいったな」
ハーティスが満足そうにつぶやく。
「ああ、よかった。彼も何となく察したのだろう。こちらの聞きたいことが兄に関することだと」
「だろうな。アリンガムとおまえの接点などそこしかない」
「彼は何か知っているのだと思う。おそらく、兄の私生活に関することを」
「それを素直に教えてくれるかな。まあ、明日になれば分かることだ。帰って明日に備えるか」
ハーディスが歩き出す。ティリアンも続き、ふたりは馬車に乗るために玄関ホールへと歩いていった。
初対面の挨拶は、本来は身分が下の者が先に挨拶して、身分の高い者がそれを受けて自分も名乗るものですが、相手が女性の場合は、女性への敬意を表して男性が先に名乗ります。




