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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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リールズ公爵邸への訪問 1

 翌朝、ルーシェリアはリドリーとともにまた貧民街を出て北街区の貴族街に向かった。場所はリドリーの家にある手製の地図――以前、貸本屋で何日もかかってざっと写したものだ――で確かめてある。北街区でも一番北のほうにひときわ広大な敷地を有しているのがリールズ公爵邸だった。ひたすら北に行けばいいのだから迷うこともなさそうだ。


「ルーシェ、公爵はどんな感じの男だ?」


 一刻半ほど歩いて北街区に入ったころ、リドリーが歩きながらふと尋ねてきた。ルーシェリアは思いつくままに答える。


「見た目はパーセル伯爵に似てるけど、雰囲気がもっと鋭い。黒髪、暗めの青い目。年齢は、これもたぶんパーセル伯爵とあまり変わらないと思う。だいたい25歳から30歳ってとこかな。背が高くて姿勢がいい。軍人みたいだと初対面のとき思ったけど、ほんとに軍にいたみたいだ。兄が死んで軍から呼び戻されたと言っていたから」


「なるほど。性格は?」


「そうだね…貴族にしてはまともなんじゃないか。なんせ、僕に謝ってくれたしね」


「確かに」


 貴族以外を同じ人間だと思っていない貴族は多いが、ティリアンは平民のルーシェリアにもちゃんと自分の非を認めて謝罪した。そこから判断する限りでは、まあまともなほうだと言えるのではないか。ルーシェリアはそう言って、あとは実際に会ってじっくり観察しなよ、と兄の背中を叩いた。


「そうだな。おまえのほうは、大丈夫そうか?」


「大丈夫って、何のこと?」


「その公爵に正体を怪しまれてはいないだろうなってことだ」


「ずっとこのなりでやってきて、一度も怪しまれたことがないんだから、大丈夫だって。だいたい、お貴族様が僕みたいな南街区の人間をまともに見るわけないでしょ」


 貴族に限らず、金持ちの依頼人は、ルーシェリアのような下々(しもじも)の者にちゃんと目を留めたりなどしない。中央街区や北街区でも、まともな暮らしをしている人々はみな、貧民街に住む者など見る価値もないと言いたげに視線を向けないものだ。


「それはそうだが、気は抜くなよ。おまえが男じゃないと知られたら面倒だ。……しかも、こんなに綺麗な子だと知られたら、なおさら」


 だからずっと隠して育ててきたんだからな、とリドリーが小さくつぶやいて、さっきのお返しのようにルーシェリアの背中を軽く叩く。ルーシェリアは肩をすくめた。


「だから誰も僕なんて見ないよ。大丈夫だって、リドリー。だいたい、お貴族様の世界では、淑女はひとりで街を歩くこともしないんでしょ? こんな僕を見たって、女だなんて絶対に思わないから」


 今はまだ午前中だから、夜通し遊んで寝るのが遅い貴族が出歩く時間ではない。だが午後になると、社交のためか用事のためかは知らないが、屋敷にいた彼らも外に出てくることが多いので、彼らの姿を見かけることも増える。男はともかく、上流階級の女性はひとりで外出できるものではないことが、彼らを見ているとよく分かる。

 ルーシェリアの知る限り、貴族の女性や裕福な家庭の女性は、必ず男性のエスコートを伴っているか、従僕や小間使いなどの使用人を連れて歩いているものだ。ひとりで行動するなど、淑女としての慎みに欠けるとんでもなくはしたない行為だと見なされるらしい。なんとも不自由な世界である。


「でも……」


「油断はするな、でしょ。大丈夫、油断はしないから」


 心配性な兄を、ルーシェリアは笑って見上げた。




 公爵を名乗るだけあって、リールズ邸は貴族街でも北端の、パーセル伯爵邸よりもさらに豪壮な屋敷だった。敷地に入る門のそばには門番小屋まである。そこに詰めていた門番に名前と用件を名乗ると、「近々、来るかもしれないと聞いてたよ。今日とはおっしゃってなかったけどな」と言いながら通してくれた。


「使用人用の出入り口は?」


「この道を左に折れてまっすぐ道なりに行け」


 ふたりは言われた通りに歩き、やがて目指す場所についた。幸いその扉は開け放たれていて、人影も見える。


「すみません、リドリー兄弟が来たと公爵様に伝えてくれませんか?」


 こころもち帽子を上げて笑顔を浮かべ、愛想良く見えるように意識しながら、ルーシェリアはそこにいた若い小間使いに声をかけた。


 初めての家を訪れるときには第一印象が大切だ。よい心証を持ってもらえるかどうかで今後の仕事のやりやすさがだいぶ変わってしまう。だから初回の訪問のときは特に気を使う。

 こういうときはたいてい、子供とみなされるルーシェリアが前に出たほうがうまくいくので、今回もそういう役割分担をすることになっていた。


「あ、ちょっと待ってて」


 案の定、小間使いは表情をゆるめてルーシェリアに笑いかけ、誰かを呼びに行ってくれた。ほどなく初老の男性を連れて戻ってくる。


「リドリー兄弟です。公爵様にお会いしたく参上しました」


 今度はリドリーが前に出る。責任のある立場にある者に対しては大人であるリドリーが対応するのだ。高級そうな黒のお仕着せをぴしりと身にまとったその男性は、ふたりをじっくりと眺めた。


「私は執事のジョアン・ボイドだ。近日中にそういう名前の者が会いに来るだろうと聞いてはいた。だが、今日だとは思っていらっしゃらないようだ。とりあえずお尋ねしてくるから、もうしばらく待っているように」


 はい、とおとなしく答えてさらに待つ。貴族や裕福な商人にはこちらを平気で何時間も待たせる者も多いから、ふたりは待つことには慣れていた。

 幸いここの主人はそういう者たちとは違ったらしく、執事はほどなく戻ってきた。


「お会いになるそうだ。こちらへ」


 ふたりは執事のあとについて屋敷に足を踏み入れた。ルーシェリアは歩きながらそっと帽子のつばを引き下げる。顔立ちを依頼人になるべくさらさないためだ。

 使用人だけが使う一画を通り抜けると、贅を尽くした内装が施された廊下に出た。きょろきょろしたかったけれど、そういう態度は執事に悪い印象を与えるから、ルーシェリアはぐっとこらえておとなしく歩く。


 執事はそのまましばらく進むと、少し開けられた扉を叩いた。


「ティリアン様、リドリー兄弟が参りました」


「通せ」


 その声を聞いて執事が扉を開ける。ふたりは部屋に入り、少し進んで立ち止まった。


一刻はだいたい2時間です。庶民は時計を持っていませんが、中央街区には時計塔があり、また王都内の教会にある鐘楼で半刻ごとに鐘を鳴らすことでおよその時間を人々に告げています。

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