掃除再び 3
「はいよ。まだ食べるだろう?」
「もちろん! ありがとうリーサさん!」
ありがたくふた切れ目をいただく。少し人心地がついて余裕を持って食べ始めたルーシェリアの横で、相変わらずのがっつきぶりでニコラスが次の分を食べていた。
「ニコラスさんは、こういうのを作ってくれる奥さんはいないの?」
「俺はぴかぴかの独身だよ。あんまり女にもてるいい男なもんで、彼女たちを泣かせたくなくて結婚できねえんだ」
片目をつぶってにやりと笑ったニコラスの向かいで、リーサが「何を言ってるんだか」と顔をしかめている。
「とっくに落ち着いていていいはずの年のくせして、こうして未だにふらふら遊んでるんだよ。まったく、いいのはこの面だけだ」
「そいつはひどいな、リーサ」
胸を押さえて大げさに傷ついたふりをしたニコラスの額を、リーサがぴしりと指で弾く。
「いてっ!」
「ルーシェ、おまえはこんな大人にはなるんじゃないよ。ちゃんとまっとうに生きることさね」
「もちろんだよ。僕はちゃんとリドリーみたいに堅実な家庭生活を送る予定だから安心して」
「おまえはいい子だねえ」
さあもうひと切れパイをおあがり、とリーサは大皿に残った最後のひと切れをルーシェリアの皿に載せた。やったー、と喜ぶルーシェリアの横で、「おいちょっと待て」とニコラスが待ったをかける。
「俺だって食べたいんだが」
「残念だねニコラスさん、最後のひと切れは僕のものだよ」
ルーシェリアは伸びてきたニコラスの手をすばやくはたき落とし、もう片方の手でパイをつかんでぱくりとかじった。
「うわ、食いやがった」
「らっへぼくろらもろ」
「だから何言ってるか分かんねえよ。ともに掃除をした仲だろう、半分ずつにするとか配慮してくれたっていいじゃないか」
ニコラスが恨みがましい目でルーシェリアを睨む。もぐもぐとパイを咀嚼したルーシェリアはきりっとニコラスを睨み返した。
「それとこれとは話が別だよ。僕は育ち盛りなんだから、とっくに育ち終わったニコラスさんは遠慮してくれたらいいじゃないか。大人の余裕でさ」
「あいにく俺にそんなものはねえんだよ」
「まあ何となくそれは分かるけどね」
「おい」
「とにかくこれはリーサさんが僕にくれたんだから僕のだよ。いとけない子供の分を取り上げるなんてひどいことしないでよね」
「おまえのどこがいとけない子供なんだよ!」
「全部だよ、もちろん。ニコラスさんのその目は飾りなの? ちょっと、未練がましく僕のパイを見るのはやめてよね」
ルーシェリアはさらにひと口パイをかじり、うっとりと目を細めた。
「うーん、おいしい。まさに至福の味だよリーサさん。王様にだって出せるよ、これなら」
「気に入ってくれたようで何よりだ。たんと食べてもっと大きくならないとね、あんたは」
「なあリーサ、俺とこいつでものすごく対応に差がないか!?」
「そりゃあ、育ち盛りの可愛い子と、とっくの昔に育ち終わったでかい図体の中年男じゃ、同じ対応になるわけないだろうが。それともおまえは、自分のほうがルーシェより可愛いとでも言うつもりかい?」
ニコラスはぐぬぬと唸り、恨みがましい目でルーシェリアをじとっと睨んだ。
「くそ、覚えてろよ」
「覚えておくのは構わないけど、いくら覚えてたってニコラスさんが僕より可愛くなることはないと思うよ?」
「おまえのどこが可愛いんだよ、まったく。ぺらぺらとまくしたてやがって」
ふてくされた表情になったニコラスは、まだルーシェリアのパイを睨みつけている。最後のひと切れを食べられなかったのがよほど悔しいようだ。
「……ニコラスさんってほんとに大人げないひとだねえ」
「おまえはほんとに失礼な奴だな」
「ほんとのことを言ってるだけだよ。そろそろ潔くパイを諦めなよ」
「リーサのミートパイが大好物なんだよ、俺は。そんな簡単には諦めきれねえ」
「確かに美味しいよね、うん」
ルーシェリアは最後のひと口をぱくりと口に入れて、名残惜しくはあるがパイに別れを告げた。ニコラスが執着するのも納得できるほどの味だ。
「あーあ、なくなっちゃった」
「おまえだけ3切れも食いやがったくせに」
「ほらほら大人げないこと言わないの」
ルーシェリアはゆっくりとお茶を飲んだ。ティリアンに会いに行くと出してもらえる公爵邸のお茶とはもちろん大違いではあるけれど、それでも普段ルーシェリアが飲んでいるものよりずっとおいしい。この店はどれくらい儲かっているのかな、とふと考える。聞いたって教えてくれるわけもないから聞きはしないが。
「そういえば、おまえの捜し物はどうなったんだい?」
リーサが思い出したように尋ねてきた。ルーシェリアは首を振る。
「指輪のことなら、残念ながらまったく手がかりはないよ。リーサさんの言うとおり、誰かに渡したっていう可能性が高いかなと思ってるところ」
「そうか。まあ、そのうちどこかからひょっこり出てくるかもしれないけどねえ」
「まあね」
ランドールが渡したかもしれない相手が誰なのか、今のところはまったく手がかりかない。ティリアンが社交界で兄の知り合いに当たってみるだろうが、そこからはたして指輪を見つけられるだろうか。
「おまえは何の件を調べてるんだ?」
「貴族の依頼で、なくなった指輪を探しているんだ。南街区で売り払われたりしていないかって」
ニコラスの問いに簡潔に答え、ルーシェリアはまたお茶を飲んだ。貴族か、とニコラスが言う。
「いい依頼人をつかまえてるじゃないか。結構多いのか、そういうのは」
「貴族からの依頼が多いのかっていう質問だったら、答えは、まあ最近は少し増えたかな、って感じだね。まだ多いって言えるほどじゃない」
「そうか。だが少なくてもちゃんと依頼があるだけ上等じゃねえか」
「経営努力をしてるもの」
リドリーは賢いからね、と付け加える。
「おまえの兄貴か。確かにそうなんだろうな」
「ニコラスさんも少しはリドリーのことを見習ったらいいと思うよ。ねえリーサさん?」
「まったくだねえ。彼はいかにも堅実な感じで、頼もしい限りだ」
「だからなんですべての話題が俺の悪口か俺への嫌味になるんだよ」
「僕は別に悪口なんて言ってないよ。事実を述べたりあなたについての未来の展望について語ったりしてるだけだ。それを悪口や嫌味だととらえるのはニコラスさんの性格や生き方のせいなんじゃないの」
「……ほんっとにぺらぺらとよく回る口だな、おい」
そんな口はこうしてやる! と、ニコラスがルーシェリアの両頬をむにっとつまんで左右に引っ張った。




