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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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掃除再び 4

「いひゃい!」


「はは、よく伸びるなあ。変な顔になってやんの」


 ぐふふと笑ったニコラスの額をまたしてもリーサがびしっと(はじ)く。さっきより痛そうな音がして、「いってえ!」とニコラスはルーシェリアの頬から手を離して額を押さえた。


「いてえよリーサ!」


「おまえの子供みたいな年の子をいじめるんじゃないよ、大人げないね」


「そうだよニコラスさん、ひどいよ。こんないたいけな子供をいじめるなんて」


 頬を押さえるふりをして肌につけた(すす)汚れをさりげなく広げ直しながら、ルーシェリアはじとっとニコラスを睨んだ。


「だからおまえのどこがいたいけなんだよ。母親の腹の中にいたいけさを置き忘れてきたんじゃねえのか。口ばっか達者に育ちやがって」


「全身からいたいけさがあふれてる僕に向かってなんてことを言うのさ。ニコラスさんこそ、大人げを置き忘れて生まれてきたくせに」


「とりあえずおまえにあふれてるのはいたいけさじゃない、生意気さだ。今日はおまえのせいでひどい目に遭った」


 あー額と腰がいてえよ、と情けない声を出したニコラスの横で、リーサはルーシェリアに「掃除はこれで終わりかい?」と尋ねた。


「違うよ。このあとは床を(ほうき)()いて、それからできれば売れそうなものとかに雑巾がけもしたいんだけどね」


「箒ならちょうど2本あるよ」


「それはちょうどよかった」


「おい、なんで2本でちょうどいいんだ」


「そりゃあ、僕の分とニコラスさんの分だよ。よかったね、交互に使うはめにならなくて」


 うんうんとルーシェリアがうなずいてみせると、ニコラスは「ちょっと待て」と慌てた声を上げた。


「なんで俺までまた頭数(あたまかず)に入ってるんだよ」


「だってリーサさんが、助っ人に使っていいって言ってくれたじゃないか。来週も当然含まれてるよね」


「嫌だ、やるもんか」


 ふんっとニコラスがそっぽを向く。リーサはやれやれとため息をついた。


「うちに来て何にもしないでごろごろされても困るんだよ。せめてルーシェの手伝いくらいはしないと、パイはやらないからね」


「なんだって!?」


 ニコラスが愕然とした表情でリーサを見つめる。リーサはにやにやと笑った。


「働かざる者食うべからず。この世の真理さね。さあ、選ばせてやるよ。この子と掃除をしてあたしの焼いたミートパイをまた食べるか、何もしないかわりにこの子がミートパイを食べるのを黙って見てるか。1週間かけてゆっくり考えるんだね」


「ぐぬぬ……!」


 苦悩するニコラスはそっとしておくことにして、ルーシェはぽんとカウンターの高いスツールから下りた。


「リーサさん、ごちそうさま。とってもおいしかったよ。僕、そろそろ帰るけど、雨じゃなければまた来週来て続きをやるね」


「ああ。楽しみにしてるよ」


「こっちこそ。またね、リーサさん。それからニコラスさんも」


 手をひらひらと振って挨拶すると、リーサは機嫌よさそうに手を振り返してくれた。ニコラスもぶすっとした顔ではあったがいちおうぞんざいに手を振った。じゃあね、と足取りも軽く、ルーシェリアは店を出て家路についた。


******


「……リーサ、あのパイはひどいな」


 ルーシェがいなくなった店の中に、ニコラスの恨みがましいつぶやきが落ちた。


「ほんとにおまえの食い意地は小さいころから変わらないねえ、ニック」


 リーサのほうは涼しい顔でニコラスの恨み節を聞き流している。


「なあ、ほんとにあの子の掃除を手伝わないと日曜日のミートパイはなしなのか!?」


「もちろんさ。せっかく店が綺麗になるところなんだ、おまえも手伝いな」


「……くっそう」


 なんでそんなことを俺がやらなきゃいけないんだ、とぼやくニコラスの額を、リーサが軽く弾く。


「そりゃあ、おもしろいからに決まってるだろう、あたしが」


「……」


 ニコラスはカウンターに突っ伏した。リーサがかちゃかちゃと茶器や皿を片付けていくあいだ、そのままでじっとしている。やがて顔を上げたニコラスは、思いのほか柔らかい苦笑を唇に刻んでいた。


「母さん、さてはあの子が気に入ったんだな」


「ああ。おもしろい子だろう?」


「確かにな……それに、母さんが言ったとおり、あの顔は極上品だ。上手に隠しちゃいるが」


「きっとリドリーが気をつけてきたんだろうね。あんな綺麗な妹がいたんじゃ、心配でたまらないだろう。男の子として育てるとは考えたもんだ」


 ニコラスは、先日養母のリーサが言ってきたことを思い出した。仕事でここに足を運んだとき、リーサはニコラスにこう告げたのだ。


『ニック、こないだうちの店におもしろい子が来たんだよ。男の子の格好をしてるが本当は女だ、しかも極上品さね』


『極上品?』


『ああ、よくよく気をつけて見たら、やたら綺麗な顔立ちをしてる。隠すのも無理はないね』


『へええ……一度、見てみたいな』


 そんな会話があって、ニコラスはその子を見るために店に出てみたのだった。リーサの言った通りだった。上手に化けてはいるが、あの子は確かに女の子で、しかもとても美しい。


「娼館にでも売れば、ひと財産築けそうだな」


「おやめ。あの子についちゃ、あたしに考えがあるんだ」


 ニコラスの軽口にリーサがぴしりと返す。分かってるよ、とニコラスは苦笑した。


「言ってみただけだ。母さんも知ってるだろう、俺は人間の売り買いはしねえ。それに、母さんのお気に入りの子に何かしようなんて思わねえよ」


「ふふ、おもしろい子だろう? おまえもけっこう気に入ったようじゃないか」


「……まあな」


「とりあえず、また来週来るはずだから、せいぜいしっかりあの子の助手をおやり」


「……それ、俺に拒否権ないだろう」


 ニコラスは再びぐったりとカウンターに突っ伏したのだった。



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