クラブでの調査 7
「ウェザビー、話を聞かせてくれて感謝する」
「ああ。また、よかったら話そう。僕はたいてい一日おきにここにいるから」
「分かった。ではまた」
ふたりはギボンズにも礼を言って、クラブを後にした。もうあたりは午後の光に満ちていて、意外と時間が経っていたのだなと気づく。
「参考になったような、ならなかったような……」
横を歩くハーディスが苦笑した。まあな、とティリアンもつぶやく。
「だが、とりあえず、アリンガムが開催したという音楽会までは、兄はあの指輪を持っていた。これは新しい情報だ」
「それから、少なくともウェザビーほど親しい友人でも、恋人や愛人の存在は知らなかったこともだな」
「ああ。……とりあえず、次はアリンガムに話を聞いてみようか。音楽会が開かれたのがいつだったか知りたい」
「アリンガムは残念ながら『アイヴズ』の会員ではないから、あそこでは会えない。夜会に行くという手もあるが、おまえはまだ服喪中だしな。いっそ直接屋敷に行ってみるか?」
「ハーディスが提案したが、ティリアンは首を振った。
「まずはどこかで会って、少しでも話してからにしたい。いきなり自分のテリトリーに踏み込まれると、人は打ち明け話をしにくいものだ。屋敷に行くなら、できれば相手から招待されてからにしたほうがいい。どこか思いつかないか?」
「うーん……」
少し考え込んだハーディスは、ややあって「アリンガムは音楽愛好家として知られているから、音楽関係の催しなら会えるかもしれない」と口にした。
「音楽関係?」
「そうだ。オペラやコンサート、あるいはどこかの屋敷で開かれる演奏会のようなものだ。私はあまり詳しくないから、一度母上に聞いてみるとするか」
「伯母上は詳しいのか?」
「母上は情報通だからな。音楽だけに詳しいわけではないが、大きな催しなら知っているだろう。いっそうちでちょっとした演奏会でも開くか……」
「それもいいな。とりあえず、どちらか頼む」
ティリアンがうなずくと、ハーディスは「こちらが何か頼むと、何か交換条件を出されそうで嫌なのだがな」と顔をしかめた。
「交換条件……? なんだ、それは」
「かわりにどこぞの令嬢と見合いをしろ、というような条件だ」
「……そうか。健闘を祈る」
「おい、いま私をさっくりと生贄に出すほうを取ったな」
「おまえのことだ、これまでだってのらりくらりとかわしてきたのだろう? 次だってかわせるさ」
「ちっ、他人事だと思って」
「他人事だからな」
横でハーディスが何か罰当たりな言葉をつぶやいたのは気にしないことにして、そのまま歩く。馬車を拾ってもよかったが、気持ちのいい6月の午後に屋敷まで歩くのも悪くないと思ったのだ。
もともと『アイヴズ』は北街区の南端にあるので成人男性の足ならさほど遠いわけでもない。情報屋のルーシェなどいつも南街区からひたすら歩いて公爵邸まで来ているのだ。14歳の少年がそれだけの距離を往復しているというのに、大の大人がこんな距離も歩けないなどと言ったら、確実にルーシェに笑われることだろう。
(まずはこちらでもう少し調査を進めないと、彼らに調べてもらうこともままならない。アリンガムが何か知っているといいのだが)
寄るところがあるというハーディスと途中で別れ、久しぶりに外をゆっくりと歩きながら、ティリアンはつらつらと物思いにふけった。歩いている最中というのは意外と考えごとに向いている。先ほどのラングドンとの会話を思い返しながら、ひとつ聞き忘れたことに気づいた。
(南街区に行ったことがあるかどうか、聞いてみればよかったな)
いきなり思いもよらない質問をされたときの反応で、いろいろと分かることもある。まったく思い当たることがなくてぽかんとするか、いきなり言い当てられて狼狽するか。
もちろん、本当は行ったことがあろうとそれをおくびにも出さずしらばっくれることもできるが、よほど訓練を積んででもいない限り、不意を突かれたときにまったく反応を示さずにいるのは難しいものだ。ほとんどの人間は、とっさにまばたきをしたり、視線がわずかに動いたり、逆に一瞬動きが止まったりといった反応をしてしまう。軍で情報将校としての訓練も受けてきたティリアンは、そういうちょっとしたしぐさや視線から相手の内面を読み取ることに慣れていた。
ラングドンが見かけ通りの好青年なら、おそらく南街区などには足を踏み入れたこともないだろう。だが、えてしてひとは見かけによらないものだ。ランドールが南街区に足を運んでいたように、およそ何の屈託もなさそうな人物であっても、実は何か秘密を抱えているということもある。
「……また次回に試してみるとするか」
ティリアンはそうつぶやき、少しだけ歩みを速めた。




