クラブでの調査 6
「私ももちろんそれをまず考えた。ただ、兄の近侍を務めていた男にも話を聞いたが、やはりしばらく前からあの指輪は兄の手元にはなかったようなのだ。あなたも先ほど言っていたように、あるときから兄はあの指輪を嵌めなくなっていた。だからもしかして、誰かに贈り物として贈ったのかもしれないと思ったのだが……」
「贈り物……?」
目を丸くしてラングドンがつぶやいた。
「ああ。もしかしたら、兄には誰か……想い合う相手か、愛人のような相手がいて、その相手に贈ったのではないかと。指輪をそういう相手に贈るというのは、よくあることだから」
「なるほどな……確かに一般論としてはありえるかもしれないが、さて、ランドールの場合にそれが当てはまるかどうか」
「思いあたるふしがないのだな?」
微妙な顔になったラングドンにハーディスが尋ねる。ラングドンは苦笑した。
「ああ、正直、あいつの色恋沙汰なんて見たことも聞いたこともない。僕たちが、その……中央街区の社交場に繰り出すときも、あいつは一緒には来なかった。屋敷でピアノを弾いているほうがいい、と言って。演劇やオペラはよく見に行っていたが、女優や歌手を愛人にしていたという話も聞いたことがない。大切にしている指輪を贈るほど入れあげている相手がいたなら、きっと僕らにも分かったのではないかと思うんだが……」
「そうか……」
いささか当てが外れてティリアンは黙り込んだ。
『中央街区の社交場』という言葉が指す場所には高級娼館も含まれ、そこには貴族や豪商を相手にする高級娼婦たちが集う。女優やオペラ歌手も、貴族が愛人として囲う一般的な相手だった。高級娼婦でも女優でも歌手でもないとなれば、いったい誰に贈ったというのだろうか。
(やはり、誰かに贈ったという前提が間違っているのだろうか?)
考え込むティリアンをよそに、今度はハーディスが「社交界で出会うような貴族の令嬢とも、あいつはまったくかかわりがなさそうだったよな」と確認を求めている。「ああ」とラングドンはうなずいた。
「あいつは社交嫌いで、ほとんどそういう場には行かなかった。足を運ぶのはたいてい音楽関係の催しばかりだったと思うな。ここに来るのも、僕たちが誘うから仕方なく来ていたようなものだ。本当なら屋敷にこもって朝から晩までピアノを弾いたり文学に埋もれていたりしたかったんじゃないかな」
「……そんな兄に、あなたはよく付き合ってくれていたものだな」
それが意外で思わずそう言ってしまう。ラングドンは懐かしそうな笑顔を浮かべた。
「確かに変わり者だったが、根はいいやつだったから。良くも悪くも表裏がなくて、繊細で、何というか、貴族らしからぬ分かりやすさがあって……一緒にいても腹の底で何を考えているか分からないような奴よりもよほど気を許せたんだ。それに何より、あいつの弾くピアノは素晴らしかった。あれほど美しいピアノは聞いたことがない……本当に、貴族の跡取りでさえなければ、あいつはきっと一流の芸術家になって大舞台に立っていただろうに」
ずいぶんと的確な人物評に、きっとこのラングドンは本当に兄のいい友人だったのだとティリアンはあらためて感じ入った。兄のいいところも悪いところも分かっていて、それでも兄といることを楽しみ、兄の奏でる音楽を愛してくれたのだと。
いつも屋敷にこもってばかりいるんじゃないと兄の尻を叩いて外に連れ出し、こういう場所に連れてくるラングドンの姿が目に浮かぶようだった。そして兄のほうも、なんだかんだ言いつつもそうしてラングドンに構われることが嬉しかったのではないか。逆らうことなくここに来ていたのがその証拠だ。
ラングドンは兄の良き理解者だったのだ。兄の性格を把握していて、兄とちゃんとやっていけそうな近侍を紹介したりもして、音楽会のときには大切な指輪を預けられるような。
「……あなたが兄の友人でいてくれて、よかった」
ぽつりとつぶやく。ラングドンははっと目を見開いてティリアンを見つめた。
「……僕も、彼の友人でいられて、よかったよ」
ラングドンの双眸がみるみる潤み、顔がくしゃりとゆがんだ。
「彼が亡くなったこと、本当に……本当に、残念だったな。君と……その、いささか複雑な感情のもつれがあったことは、なんとなく知っている。だが、彼も苦しんでいた。それは確かだ。けして君を憎んでいたわけじゃない。ただ……君を羨ましいと思ってしまう自分が嫌で……素直にふるまえなかったんだよ」
「憎まれては、いなかったと……?」
「当たり前だ。彼は君を憎んでなんかいなかった。ただ……どうしようもない劣等感に苦しんでいたんだ。そして、そんな自分を君に見せたくなかったんだろう」
ティリアンは目を伏せた。多分に気休めではあるのだろうが、それでも、兄が信頼していたに違いない友人にそう言われて、心が少し軽くなったことは事実だった。
もうしばらく兄のことを話していたいと思ったが、あいにくどやどやとラングドンの友人たちが入ってきたので、邪魔にならないようにとふたりは立ち上がった。




